第43話 ふざけないでもらえませんかね?

「居たか!」

「いない! そっちは!」

 バタバタと慌ただしい足音が堅牢な石造りの広い屋敷に木霊こだまする。


 ――――…………。


 空き部屋のクローゼットに潜み息を殺したミウは、その足音が完全に消えるまで動かずにいた。

 音を立てないよう、少しだけクローゼットの戸を開けて様子をうかがう。


 ――――行った、かな。うぅ、痛い……。


 身体強化で爪を硬化させ、押さえつけていた男の手を引っ掻き、男が手を離した隙にあの場から逃げ出した。


 ――――うわぁ。足、ぐちゃぐちゃ。見なきゃ良かった……。余計痛いよぉ。


 ヒールを脱ぎ捨て、脚を強化して脱兎のごとく逃げ出したまでは良かったのだが、靴なしに石の床を素足で加速すれば当然力の掛かる爪先や足の裏が擦り剥ける。

 ツルッとした床でも石肌の床でも、摩擦まさつがあることには変わらない。擦り剥けた足からは血が滲んでいた。

「血の跡、残してたら逃げ切れない」

 ミウは自身のドレスを見下ろして、裾を破く。


 ――――サラ先輩ごめんなさい!!


 しかし押さえ付けられた時にもうちょっと汚れて擦り切れていたし、自分だけが悪いわけじゃない。と、ミウは言い訳を思いつつ、破いた裾の切れ端で足を包む。

「出口、探さないと」

 真っ向勝負では弱っちいと自覚しているミウに勝ち目はない上、屋敷の大きな窓はほとんどはめ殺しで、全ての窓には何らかの術が掛けられているのか、体当たりしてもびくともしない。

 窓が駄目な以上、外に繋がる扉や玄関を目指しているのだが広すぎる上に身を隠しながらでは中々進めない状態にあった。

 擦り剥いた所がズキズキと痛む。けれど痛みに気を取られている余裕はない。


 ――――行こう。


 そっとクローゼットを出て、ミウは再び出口を求め動き始めた。




     ◆ ◆ ◆ ◇ ◆ ◆ ◆




 バロッサには同胞はらからの弟と、忌々しい愛人の産んだ弟、二人の弟がいる。

 愛人、もとい第二夫人の産んだ方は弟と思ったことはないのだが。

「目障りな」

 どこまでいっても目障りで忌々しい。

 自分達とそれを同等に父が扱う事もバロッサに取っては屈辱なのだが、何度それを父に訴えようと見向きもされない事が余計に異母弟シェルディナードへの恨みとなって降り積もっていた。

「本当に、早くどこかで始末されれば良いものを。まあ、兄上が当主になるまでは僕は我慢しますけどね」

 目障りで忌々しいと感じているのは同胞の弟であるガラルドも変わらないらしい。より正確に言えば、バロッサよりは歳が近いガラルドの方が異母弟と比べられる事が多く、その恨みは深いわけだが。

「奴の聖句箱せいくばこさえ見つかれば、すぐにでも消してやれるのだが、ままならぬな」

「ですね」

「時にガラルド。今回は前回のような失態はよもやあるまいな?」

「……ありませんよ。それにあれは運が良かっただけです。アレの実力ではありません。たまたま、周囲の程度も低かったからこそのあの結果です」

 前回の学年末試験、異母弟はガラルドの時より順位も点数も上の結果を出した。しかしそれはあくまで順位に関しては周囲のレベルが低かっただけで、点数に関しては作成された試験内容が自分の時よりも易しかったのだと、ガラルドは信じて疑わない。

 実際はその正反対であるとしても、だ。自分の認めたいことしか認めない。自分が他者より劣るところがあるなど認められない狭量きょうりょうさが、何よりも差をつけられる要因になっているのだが、えてして自分では気づかないものらしい。

「それならば良いが。……遅いな。あの小娘一匹にどれだけ掛かっているのか」

「役に立たぬ無能ばかり。おい! さっさと連れてこい!」

 ガラルドの癇癪かんしゃくめいた命令に、側に控えていた従者が慌てて捜索に加わる。バロッサの従者もまるで避難するかのようにそれに続き、石壁と石床に部屋の奥には大きな火の消えた暖炉を有する広間には兄弟だけが残った。陰鬱に揺れる灯りが二人とその近くにあるローテーブルと革張りのソファを照らしている。

 バロッサがソファの一つに腰掛け脚を組むと、ガラルドも向かい合うソファに腰を下ろす。

「さて。あの小娘はどうしたものか。初めは散々いたぶってからアレの前に打ち捨ててみようかと思ったが……」

「噂と違いすぎてそんな気も起こりませんね。さっさと殺して処分しましょう」

「死体を箱にでも詰めてアレに送っておくか」

 噂通りの価値が無かった事には立腹したが、上がる悲鳴や恐怖に引きつる表情を見れば少しは溜飲がおさまるかも知れない。

 シュルシュルと石壁を這っていた小さな蛇が、聞くに堪えないと言うかのように隅の穴へと潜り込む。

 バロッサもガラルドの提案に頷き、それから少しの時間を経て、兄弟の従者総出で行われた屋敷の捜索の末、件の少女が捕らえられ連れ戻される。

 今度は逃げられないよう縄で縛られた姿で床に放り出された少女は、受け身が取れず顔に擦り傷を作った。

 芋虫のように不様な格好だ。

「アレには似合いの女かも知れないな」

「おい、顔を上げさせろ」

 ガラルドの命令に少女を床に放り出した男が前髪を鷲掴み、顔を乱暴に上げさせる。

「なるほど。だからか」

「カーバンクル、か? まさかこんな小娘が」

 バロッサとガラルドは少女の額にあるカボションカットの薄紅色の魔石に目を留め、そう呟いた。



 元々が無理ゲーで、何故か途中からさらに人材投入というトラップが発動し難易度が爆上げされた結果、ミウは捕まり広間に連れ戻された。

 そして到底女の子にする扱いではない感じでもてなされたわけだが、乱暴に前髪を捕まれ顔を上げさせられた時、見えた二人のシェルディナードの兄達にこう思った。


 ――――ふざけないでもらえませんかね?

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