第19話 山村木曾代官の捕縛
5月7日午の刻。
居ても立ってもいられない康長に、さらなる衝撃の報がもたらされた。
――山村甚兵衛良勝ほか、石見守と親交のあった者らが捕縛さる。
山村良勝は信濃木曽の出自だった。初め木曾義昌、次いで子の義利に仕えたが、錯乱した義利が叔父を殺害したために改易の憂き目に遭った。許されてのち、初代尾張藩主・徳川義直(家康の9男)に仕官し、父・良候に次いで2代目の木曽代官を拝命した。ゆえに、駿府城の建築に用いる木曽檜など、ご天領の木材の搬入をめぐって、取り締まる大久保長安とも頻繁な交流が生じたとしても不思議はない。
がしかし、いわば必然の経緯まで、取って付けたように言い立てるとは……。
――これは凶事の序章に過ぎまい。
迫り来る危機を察知した康長の全身は、見るも哀れに総毛立っている。
「山村どのまで捕らえられたなら、もっとも近しい縁戚と見做される当家が無事で済むはずがない。それともわしの思い過ごしだろうか。なぁ、どう思う、爺は?」
わずかな頭髪を逆立てた康長が、これ以上はなく貧弱な枯れ藁にヒシとばかりにすがれば、「はてさて、天下がいかような事態にさしかかっておりますものやら、田舎者の爺には、とんと見当がつきかねますわ。なれど、若ご自身が悪事をはたらかれたわけでもなし、ここはひとつ、正々堂々となさっておられればよろしいのではございますまいか」すがられた藁は藁で、迷惑げなようすを隠そうともしない。
それどころか「そんな杞憂よりも、やはり歳ですかな、爺は先夜から腰が痛うて……」こんなときばかり都合よく歳を持ち出し、早くも逃げ腰になっている。
――山村良勝らの捕縛は、企まれた大事件の前説に過ぎぬのではないか。
根が臆病なだけに、保身の勘だけは冴えた康長の予感は、残念ながら的中した。
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