第106話 お金はコミュニケーションの道具
「当然、全く同じってわけじゃないよ。たとえば、あたしらは紙や金属をお金として使ってるけど、そいつらは別の何かをお金にしてるかもしれない。でも、お金に該当するような何かは持ってるはずなんだよ」
「言語と宗教も同様ですね?」
「そ」
「それはどうしてなのか、りょうげんさんは言ってらっしゃいましたか?」
「コミュニケーションのためだって」
答えを聞いた零央は訝しげな表情をした。言語はともかく、残りの二つには当てはまらないような気がしていた。
「もう少し説明を進めてもらっていいですか?」
「ちょっと待って。食べちゃうから」
零央が謝ると小夜は残りのクレープを手早く口に押し込んだ。
「んとね、コミュニケーションって普通は言葉を使うじゃん? 今のあたしらみたいに」
零央は頷いた。
「で、それは何のためかって言うと、お互いの意思を交わし合って関わるためなんだよ」
「そういうことですか」
独り言のように零央は言った。『コミュニケーションのため』という言葉の意味が少し分かりかけていた。
「も少し聞く?」
零央が返事をすると小夜は続きを話し始めた。
「関わるって意味なら貨幣も同じ。人と人のやり取りだからね」
「お金と交換に何かを獲得するわけですからね」
「うん。でね、そこにはやっぱり、人の意思が介在するんだよ。お金って物に、こうして欲しい、ああして欲しいっていう気持ちを乗せてるんだな。それが通れば何かが手に入る」
「たとえば、これ」
零央は言いながら、テーブルの上のカップを取り上げた。小夜が一つ頷いた。
「だから、実はお金ってのはコミュニケーションの道具なんだな、これが」
そうか。だから、お金の使い方には人格が現われるのか。
小夜の話を通じて、零央はある気づきに到達していた。小夜の言葉と、昔、父親から聞いた言葉が結びついていた。数磨は、零央にこう語ったことがある。
『言葉とお金の使い方にその人間の人格が現われ、時間とお金の使い方に人生への態度が現われる』
そして、こうも付け加えた。
『後の二つはどちらも有限だ』
いつ頃、どんな場面で聞いたのか定かな記憶はなかった。だが、言葉自体は零央に強い印象を残していた。意味を理解できていることから考えても相応の年齢にはなっていたはずだ。いずれにしても零央に一つの気づきが生まれたのは確かだった。
お金を使うことは、お金と何かを交換するのみでなく、同時に人の意思の世界への現われでもあるのだ。ならば、言葉を発するのと同様に外部に対する表現という意味では同じことになる。
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