第107話 世界とのコミュニケーション

「せっかくなので、もう一つの宗教の方の説明もお願いします」


「ん」


 短く返事し、小夜は続きを話し始めた。


「宗教もね、じっちゃんに言わせると関わり合いってことになるんだな。そういう意味でコミュニケーションって言葉を使ってた」


「人と人のですか?」


「ううん。世界との」


 世界?


 また、零央は訝しく思った。表情に出たのか、小夜が言った。


「これだけじゃ分かんないね。世界ってのは単なる国の寄せ集めとかを意味する言葉じゃなくて、もっと広い意味の世界」


「宇宙とか、いや、それだけでなく、人が知覚できないと思われているようなものさえも含んだとても大きな概念ですね?」


「そう。それ」


 小夜が笑んだ。


「で、その世界と交信するために人は宗教を必要とするんだよ」


「理屈は分かりますが、でも、交信する、つまり、コミュニケーションするといっても世界は人に対して答えたりしませんよね?」


「普通はね。だけど、そう受け取る人間はたまにいるじゃん?」


「えーと。たとえば、こうですか? 神がかったりするとか…」


「お告げを授かるとか」


「罰が下る?」


「神の恵み、って方向もあるぞ」


「祟り!」


「顕現!」


 そこまで来て、妙な盛り上がりに二人は大笑いした。すぐに場所柄を思い出して居住まいを正した。周囲の視線が集まっていた。小夜が小さく咳払いをした。


「とまあ、世界とのコミュニケーションってのは一応あり得るんだな」


 声は大人しめだった。


「大昔の人間だってそうだよね。自然現象に神を見てたりするわけ。雷さまとか、雨だと龍神とか。ギリシャ神話なんかも似てるね。そういう風にしてさ、人は自分を取り巻く世界を理解してたんだよ。それって、世界との関わり方の一つだよね? そうして、それを様々な形で体系化したものが宗教で、人が世界と関わるための道具なんだよ。ま、熱心な信仰を持つ人が聞いたら怒るかもしんない話だけどね。じっちゃんの理解はそうだった」


「人が、人を取り巻く世界と関わるためには、どうしても必要なものだと?」


 小夜が頷きで応えた。


「ですから、人類以外に知的な生命体がいれば、宗教も、そして、個体同士が関わるための言語も貨幣も必要だと考えられていたんですね?」


 もう一度、小夜が頷いた。零央は小さく息を吐いた。


「大したものですね」


「本人は、大した話じゃないって言ってたよ?」


 口に手を当て、零央は静かに考えた。良弦の自己評価とは異なる深遠な考察だと感じていた。相場の傍ら、良弦は自らの関わる株式市場や相場で獲得したお金、さらにはもっと広い領域にまで思考を広げていたのだ。本人の弁には謙遜も入り込んでいるのだろう。零央は、そう受け止めた。


「本当に一度お会いしたかったと思います。つくづく残念です」


「じっちゃんと?」


「はい」


「そう言ってもらえるのは、あたしも嬉しい」


 しばし視線を交わし、零央はふと思いついたことを口にした。

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