第104話 下手なやつほどやりたがる
「あんがと」
小夜は早速にクレープをパクついている。縦に長く、結構ボリュームがある品だ。零央もドリンクの太いストローを口に運んだ。図らずもクレープと飲み物も先週との食べ比べになっていた。
「どう? その後は?」
「? 何がです?」
「注目してる銘柄の話。め・い・が・ら」
小夜が音を区切りながら言う。零央がすぐに理解できなかったことには訳があった。中を見て回る間の会話はモール自体やテナントの話題に終始していたからだ。零央の注視している銘柄については一言も触れていなかった。
「ひたすら見送っています」
落ち着いた調子で零央は答えた。
株価の動きはほぼ予想通りに展開していた。前回、小夜が言及していたように土曜のニュースは一つのピークだったようだ。今週の月曜には小幅に反発していた。持ち直す様子を見せた後、週の終わりには再度値を下げたため、零央は下落途中の一時的な動きと判断していた。おそらくではあるが、もうしばらくの間は下落を続けるはずだった。焦る必要はなかった。
「ふーん」
興味深そうに小夜は零央の顔を眺めた。
「? 何か?」
「ううん。随分落ち着いたな、って思ってさ」
「ぼくの何が落ち着いたように見えるんですか?」
「市場に対する態度、つーか、姿勢?」
言ってから、小夜はクレープを一口食べた。
「以前は落ち着きがありませんでしたか?」
零央に問われ、小夜は慌ててクレープを飲み下した。
「そりゃもう。初めて顔合わせた頃のことを思い出してみなよ。買うの焦ってたじゃん。上がったらどうするんですか? なーんて質問したりしちゃってさ」
「そうでしたね」
苦笑を零央は交えた。小夜と出会った頃の会話を思い出していた。
「大体さあ、相場ってのは、男と一緒なんだよね」
「はい?」
話の繋がりが零央には見えなかった。
「女の尻を追っかける男みたいだって言ったの。下手なやつほどやりたがる、ってね」
下品な冗談を言って小夜が大きな声で笑った。零央は顔をしかめた。
「ガツガツしなさんなってのよ、ねえ?」
零央の表情の変化に気づいているのかいないのか、続けて言ってから小夜はクレープにかぶりついた。生地に包まれたクリームとフルーツが小ぶりの口の中に消えた。
…これは、釘を刺されているのだろうか?
見る間にクレープが消えていく光景を前に零央は思った。
小夜に対して好意を抱いているのは確かだ。こうして銘柄探しを口実に連れ回してもいる。だからと言って別にガツガツしているつもりはない。やたらと一緒にいたがることを指しているならその通りかもしれない。
…それとも、考え過ぎかな?
小夜は、ただ、相場との対し方を男女の関係に喩えてみせただけかもしれない。それなら素直に教えの一つとして聞いておけばいい。零央は気楽に考えることにした。
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