第96話 静観


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「―といった感じなんです」


「なるほどね」


 いつもの制服姿でミーティングデスクに座った小夜が相槌を打った。零央もまた、いつものように向かい側にいた。今日はポロシャツ姿だ。朱音のいる展示会に参加した翌日、日曜日の午後だった。

 通常は午前である小夜の訪問は零央の要請によって午後になっていた。目星をつけた会社の資料の検討に時間を取るためだった。展開するサービスの内容や決算の状況については昨日の内に把握していた。一夜明けて落ち着いた頭で見直し、冷静に考察を加えた上での小夜の訪問だった。チャートだけは時間の制約があるためにネットで提供されているもので間に合わせていた。

 零央自身の結論は早めに出ていた。チャートが上昇した後、もたついていたからだ。株価の水準としては高い位置にあり、買える状況ではないと判断していた。


「これなら、わざわざ遅らせなくても良かったかもしれませんね」


「別にいいさ。いつ来ても美加子さんの作るデザートのおいしさは変わらない」


 言って、小夜は目の前のモンブランをパクついた。


「んー」


 甘い声を出して目を細めた。甘い物が好物なのは相変わらずだった。ほほえましく零央が眺めていると小夜が言った。


「で、どうすんの?」


「え?」


「他を探す?」


 銘柄のことを尋ねられているのだと悟った零央は、しばし口をつぐんだ。


「このまま静観していようかと考えています」


 午前中の再検討の合間に考えついた方針だった。


「ふむ」


 小夜は、興味深そうな視線を零央に寄越した。


「もう少し詳しく聞こうか」


「つまり、こういうことです。企業内容は悪くなく、関心自体は持てるので値を落とすのを待とうかと。チャートはいったんピークを打っていると思われますし、仮にこの状態から急に上昇するような事態があったとしても損失は発生しません。小夜さんの言葉ではありませんが、兄たちの自滅を待つつもりでいればいいのではないかと思います。それと、もう一つ気になる点があります。ここしばらく市場全体が足踏みしているような感じがあって、この銘柄も同じような状態にあるのかもしれません。一時調整するか、場合によっては大きく下落する可能性があります」


「それを待つつもりなんだ」


 零央が返事をすると小夜が二度顔を頷かせた。


「いいんじゃないの? 優良株の長持ちってとこ?」


「まだ買っていませんが」


「でも、そのつもりなんだろ?」


「そうです」


「場合によっては落ち続けるかもしれないよね? その時はどうすんの?」


「買い場が来るまで待ちます。今回は慎重に見極めるつもりなんです。折角増やした資金を減らしたくありませんので。成り行きによっては、買わないまま終わりを迎えることも有り得るかもしれません」


「ん」


 重々しく小夜が頷いた。


「いいね。これで多分、あんたが生き残るよ」


「そうでしょうか?」


 断言された零央は逆に表情を重くした。生来の慎重さが顔を出していた。

 零央は、用心深い人間だった。投資のやり方一つ取っても今の安全重視の方が性に合っている。信用に手を出したのは、投資に不慣れだったこととスタート直後とあって気を入れ込み過ぎたことが影響している。小夜は試験に勝ち残る人間を零央だと確信しているようだが、零央自身はまだ分からないと思っていた。兄二人の状況は不明であり、父親への経過報告は一度あったきりだ。大差は埋めたにしても、到底安心できるものではなかった。

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