第97話 信用をやめさせて九割

 軽く鼻を鳴らして小夜が笑った。


「心配性だねえ。ま、浮かれてはしゃぐよりゃいいけど」


「だって、先のことなんて分からないじゃないですか。これから、試験の結果がどうなるかも」


 少しばかり零央は声を高めた。


「小夜さんが自信があるように見えるのが不思議です」


「まあまあ。そんなにムキにならなくてもいいじゃん」


「別にムキになんかなってませんよ」


「そっかなあ?」


 小夜は余裕だった。モンブランの隣にあったカップを取り上げると一口飲んだ。中身は紅茶だった。美加子はデザートに合わせたと言っていた。小夜は飲みながら面白そうに零央を見ている。


「ま、そこは置いとくことにしてえ」


 …勝手に置かないでほしいんですけど。


 心の中で零央は抗議した。


「あたしに自信があるように見えるなら、それは効果が明確に見えてきてるからだね、きっと」


 効果?


 物問いたげな視線を零央が送ると小夜が続けた。


「零央くんのやり方が落ち着いてきたからさ。あたしは見守るだけでいいから」


 いつの間にか呼び方は『零央くん』になっていた。


「そんなに落ち着いてますか?」


「もちろん」


 明快に小夜は言い切った。


「自覚ない?」


「利益を上げるためにやるべきことが見えてきたというか、株への投資で踏むべき手順が分かってきたような感触はありますが…」


「それで十分。あとは場数を踏むだけだね」


「…あんなに問題を抱えてたのに」


 逆に零央は困ったような表情になった。自身の出した大きな損失を思い出していた。


「そんなことないよ。あたしに言わせれば、零央くんが一番やりやすかったよ」


「どうしてですか?」


「兄貴二人とは性格合わないからね。って、それはまた別の話であって、零央くんの場合、悪いところがはっきりしてたからね」


「…信用、ですか?」


 想い当たりのある零央に小夜が頷く。


「だからさ、やめさせた時点であたしの仕事の九割は終わってたね。楽なもんさ」


 …そう明るく言われると逆に思い知らされるな。…いかにどうしようもなかったか、を。


 失敗の体験に重ねて、もう一段感得する零央であった。


「ま、先の見通しなんて大体でいいのさ。前にも言ったように、未来はいつでも不確定なんだから。分かりゃしないよ。相場も一緒。市場の動きってのは思いがけないからね」


「なら、ぼくの先行きも分かりませんね。この銘柄についても」


 デスクの上の資料を零央は指で示した。


「そう言われればそう。でもさ、物事は気楽に考えた方がいいよ? あんまり考え過ぎると死にたくなる」


「気をつけましょう」


 苦笑を交えて零央は言った。


「いずれにしても、しばらくこの銘柄の動きを追ってみようと思います」


「うん、任すよ。ま、あえて付け加えとくと、ホントは投資法は一つに絞った方がいいんだけどね」


「確かにぼくの場合、銘柄の選定の仕方も一定していませんし、その都度思いつきで買っているような傾向は見受けられますが…」


 考え込んでから、零央は思い当たった事柄を口にした。

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