第90話 民主主義に飽きたなら
「で、言ってたってのが、民主主義に飽きたら投資をすればいい、なんだよね」
「…それは、…どう結びつくんですか?」
いきなり出てきた政治的な言葉と投資との意味合いが繋がらず、零央は困惑していた。
「民主主義って、みんな平等が建前じゃん?」
「そうですね。理念の前提がそうですし、特に選挙制度に顕著です」
満足げに小夜が顔を頷かせた。
「でもさ、その一方でみんな違いを証明するのに懸命だろ? 仕事でも趣味でも何でもいいんだけどさ、順位や序列とか、そこまで行かなくてもちょっとした差異にこだわったりするよね?」
零央は頷き、再び同意を示した。
「で、そういうのも別にいけないなんて指摘したいわけじゃないんだ。自由だしね。そうじゃなくて、みんな実は同じじゃ嫌なんだってことが言いたいわけ」
「どうしてなんでしょうね?」
「人は機械じゃないからね。自我ってものがあるからどうにもならないかな。でも、それっていいことじゃん?」
「自我があることが?」
小夜が頷く。
確かにそうかもしれない…。
零央は思った。自我があるから人は自分の人生を生きる。零央には零央の自我があるから、こうして小夜とも話ができる。連なる思考に割り込むように小夜が言った。
「投資の話に戻るとさ、株で損してるやつなんてたくさんいるわけじゃん? ―あんたのことじゃないよ?」
返事をして、零央は苦笑いした。
「でも、それを知っててやる人間ってのは、自分は例外だと思ってるんだよね。でなきゃ、やるわけない。これも責めてるわけじゃないよ。自信があるのはいいことさ。そうじゃなくて、明確に違いを示す意図があるわけじゃないにしても、自分は人とは違うって思いが潜んでるって話がしたいんだよ」
「そうかもしれませんね」
「あんただって、そうだろ?」
「?」
「跡継ぎを決める試験に参加したんだ。自分が他の兄弟と違うと考えるだけじゃなく、証明してみせないといけない」
「!」
零央は、軽く衝撃を受けた。意識して挑んだわけではなかったが、確かに小夜の言う通りだった。考えてみれば、人が生きることとは他人との違いを証明し続けることかもしれない。
「ま、あたしのじっちゃんの場合、そこんとこが極端に出てたけどね。人嫌いな上に株で食ってただろ? 存在証明みたいになっててさあ」
「分かるような気がします」
「投資やらせてくれる国って資本主義でさ、そういうとこって政治的には民主主義なんだよね。矛盾を孕んでるのは永遠の課題かな、きっと」
「他にも何かおっしゃっていましたか?」
「言ってたよ。投資がヤだって言うなら、何か才能が必要な仕事をすればいいってさ」
「…才能、ですか」
ふと、零央は考え込んだ。別に民主主義に飽きているわけではなかった。ただ、才能という言葉に特別な感情を覚えた。零央にはこれが自分の才能だと言い切れるようなものはなかった。
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