第68話 強制力

「確かにお金の材料は紙だよね。硬貨なら金属。だけど、紙や金属は紙幣や硬貨に変わった時点で性質も変わっちゃうんだ。たとえばさ―」


「はい」


 二人は歩きながら顔を見合わせた。小夜が両腕を広げた。


「こうして散歩したりする分にはお金なんていらないじゃん? だけど、さっきみたいにお茶するだけでもお金はいるんだよ。たとえ僅かでもね」


「確かにそうですね」


「そうすっと、人が行動するには大抵の場合お金がいるって考えていいわけだ。お金がついて回るんだね」


 零央が頷いてみせると小夜は話を続けた。


「で、ここからが大事なんだけどさ、そんな状況が継続するとお金がまるで物理的なものに近い強制力を持つようになっちゃうんだよ。だから、お金ってものは単なる数字じゃないし、単なる紙でも金属でもないんだ」


「物理的というと、持ち上げるとか引っ張るとか、そういう働きを指して言ってらっしゃるんですか?」


「そ。もちろん、お金自体がそんなことをするわけじゃないよ。お金には手足はないからね」


 言いながら小夜が笑う。零央も笑った。


「でも、似た効果は備わってくるんだな、これが。ま、似た効果に過ぎないから破ろうと思えば破れるし、実際破れる。だけど、人間の形作る社会の中でそれを破るってことは―」


「不都合が生まれる?」


 小夜が零央を見上げ、口の端を上げた。


「ホント、あんたって頭はいいよな。理解が早いよ」


「本気で言ってます?」


「もちろん」


 きっぱりとした小夜の言葉を聞き、相好を崩した零央は次の瞬間には落胆していた。続いた言葉がいけなかった。


「でも、賢さが足りないんだよな、賢さが」


「…」


 信用を使って損失を出した件が蒸し返されていた。二の句を継げずにいると小夜が言った。


「やだなあ。冗談だってば、冗談」


 …絶対、ウソだ。


 心の中で断じると零央は話の先を促した。


「それで、どのような形で不都合は生じるんでしょうか?」


「え? ああ、うん、つまりね」


 小夜は少し戸惑ったようだった。


「お金が出せなくなるんだよ。分かりやすいたとえだと支払いとか借金とか、そういうものを踏み倒すしかなくなるのさ」


「…確かにマズいですね」


「だろ? 食べ物なんて最たるもんだね。自給自足できるやつなんて今の日本にゃ、ほとんどいないんだから。どうやったってお金がいるじゃん?」


「ぼくなんか何も食べられなくなりますよ」


「だろうね。あたしだってそう。こればっかりは人が肉体を持って生まれてくる以上、どうにもならないね」


 しばらくの間、二人とも無言だった。唐突に小夜が問うた。

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