第66話 しょうがない

「じっちゃんがよく言ってたっけ。金があれば、そういう悪いモノを出さずに済むんだって」


「他人を害さずに済む、ってことですか?」


 静かに小夜が頷いた。


「これもよく言ってたよ。おれは何も作らなかった。だが、金は作った。作った金で人の道を踏み外すことなく生きてこれたし、家族も養った。孫娘であるおまえにも不自由がないように金を残してやれる、ってね。…あたしはお金なんかより、じっちゃんに生きてて欲しかったけど…。こればっかりは…、しょうがないよね」


 俯く小夜の言葉を零央は黙って聞いていた。亡くなった母親を思い出していた。


 しょうがない。


 同じ言葉によって零央も母親の死を受け止めていた。

 母親は零央が高校に入ってすぐの頃に病死していた。なまじ成長してから親の死に直面したために記憶が生々しい。そのためか、零央には世界が否応も無く変化を押しつけるという意識がどこかにあった。押しつけられた変化は受け入れるしかないと思う傾向も強かった。

 人はいつか死ぬ。必ず死ぬ。生き死には人にとって逆らいようのない摂理だ。それでも、小夜の言葉の響きはどこか哀しかった。


「権力ってのはどこにでもあるんだ。国とか、何かの組織とかだけじゃなく、場合によっては家族の中にまであったりする」


 零央は静かに小夜の言葉に耳を傾けていた。


「そこから自由であろうとすれば、金ほど役に立つ物はないんだよ。お金があれば大抵のことは何とかなるからね」


「たとえば?」


「一番は生活だね。分かるだろ?」


「食べる物とか…」


「ん」


 小夜が小さく頷いた。


「まあ、分かりやすく言っちゃえば衣食住ってやつだね。生活さえできれば、人を殺したり騙したりなんかしなくても生きていけるじゃん? ま、中にはそんなことに関係無くやるクズもいるけどさ」


 小夜が視線を地面に落とし、呟くように言った。


「金はね、人を傷つけたりしないんだよ。裏切りもしないしね」


 零央が口を挟まずに聞いていると小夜の独白は続いた。


「数字は人を裏切らない。マーケットも裏切りはしない。裏切られたように感じたなら、それはマーケットを読み間違えた人間が悪いんだ」


 小夜の言葉は身に覚えのある零央の胸を小さく刺した。気を取り直して訊いてみた。


「反論するわけではありませんが、でも、お金って難しいですよね。人を惑わせるし」


 小夜が零央の方へと顔を向けた。


「…そうだね。確かにそういう面ってあるよね。それは否定しないよ」


 弱く微笑った。


「お金ってのは、物を手に入れる手段としては最適だからね。値がついてる物なら、それだけのお金を用意しさえすれば誰でも買えるんだから」


「金額が大きいと大変ですけどね」


 零央が言うと小夜が笑みを大きくした。

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