第61話 呼び方

「何さ?」


 零央が視線を向けたまま何も言わないでいると小夜が不思議そうにした。


「あ、いえ、ぼくは今までそういう捉え方をしたことがなかったので。感心してました」


「そりゃ、あんたがぼやっとしてるだけなんじゃないの?」


 きつい一言を零央は苦笑い一つで流した。


「他に何か感じ取る要素ってありますか?」


「そうだなあ。あと、店の雰囲気って大事かな。活気が有るとか無いとか。無いのはまずい」


「それは何となく分かります」


「しなびて見えるんだよね」


「ぼくの表現だと、生き生きしてないって感じですかね」


「それって同じじゃん」


「まあ、そうですね」


 二人は笑い合った。

 会話が一区切りしたので、零央は別の話を振ってみた。


「小夜さんは学校でもそんな感じですか?」


「そんな感じって?」


 アイスコーヒーをかき混ぜながら小夜が言う。シロップは既に零央が入れている。


「あんたっていう呼び方とか」


「親しい子とかには言うかな。みんなじゃないよ?」


「じゃあ、ぼくは特別ですかね。最初からだから」


「あ、気にしてた?」


 零央が笑っているために小夜の口調も深刻ではなかった。


「最初は少し。もう慣れました」


「零央くんとかって呼ぼうか?」


 零央は首を横に振った。


「何にも言わないから、それでいいのかと思ってたよ」


「構いませんよ。親しまれてるならなおさらです」


 一口飲んで、小夜がグラスをテーブルに置いた。


「一応、先生だからさ。初っ端から上下関係ははっきりさせといた方がいいかなとかさ、思っちゃったわけよ。小娘だと思ってる相手じゃ、教わっても入らないじゃん?」


「小娘だなんて思ってないですよ。二つしか違わないのに」


「そっか。なら、よかった」


 心地良い空気が二人の間を埋めた。


「さて、どうしよ? 食事にはまだ早いよね?」


 滞在するかどうか尋ねているようだった。零央はいったん出ることにした。


「他の店も見てみましょう」


 小夜が頷き、二人は支払いを終えると再び外に出た。階段から下りたところで小夜が言った。


「隣りも行ってみる? やっぱりラッキーカラーだよ?」


「ええと…」


 曖昧な笑みを浮かべながら零央は戸惑いを声にした。どこまでも小夜は自分の役割に忠実だった。小夜の言葉が指し示したものはハンバーガーショップだった。やはり株式を公開した大手だ。

 零央が躊躇する理由は二つあった。一つは零央自身が普段チェーン店を利用しないためだ。チェーン店を否定しているわけではなかった。チェーン店にはチェーン店のメリットがあり、作業や商品を統一することによってどこの店でも一定の水準のサービスを提供できるようにしている。常に均質な商品やサービスを顧客に提供できることは評価できる。だが、それらのメリットは同時に、決まった水準以上の商品やサービスは望めないことを意味した。いつもは個性的な店を好んで利用している。商品やサービスにバラつきがあるのはご愛嬌だ。ファミレスを利用したのも本当にひさしぶりだった。

 二つ目の理由は、小夜と投資以外の話もしてみたいという個人的でわがままな希望だった。できればわずかな時間でもいいので小夜個人と向かい合いたかった。小夜が拒否するなら話は別だ。

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