第46話 買うタイミング

 ―とにかく、ついて行くんだ。


 強く零央は思った。無理に合わせる必要はないと小夜は言ったが、そのような感傷で決めたわけではなかった。間近に接する手本に追随するための必死の選択だった。それ以外の考えなどなかった。


「丁寧に拾うんだよ」


 噛んで含めるように小夜が言った。


「マーケットは謙虚なやつが好きなんだ。傲慢なやつは容赦なく叩き潰す。あんたも危うくそうなりかけた」


 零央が神妙な面持ちで頷くと小夜が続けた。


「この銘柄は今、低迷してるよね?」


 小夜の指先がチャートをなぞる。零央は頷いた。


「低迷してるってことは、下げてるってことだ」


 再び零央は頷いた。


「その下げてる銘柄が、大きく下げた日の翌日に買ってもらう」


「―!?」


 眼をチャートに落としていた零央は驚きで顔を上げた。


「下げまくったところで買えってことですか!?」 


「そうだよ?」


 見合わせる小夜の顔は楽しそうだった。対する零央の声は力が無かった。


「…難しそうですね」


「最初はあたしもそうだったよ。買ったら下がるんじゃないかと思って怖かった。でも、慣れると今度はそういう買い方でないと物足りなくなるんだ。ホントだよ」


「こうして話しているだけでも心理的な抵抗を感じますが…」


「そこを無理して買うの。人は自分が見たいものを見るんだから」


「?」


 零央が疑問を顔に表すと小夜が続けた。


「人って見てるものをそのまんま見てると思ってるじゃん? でも、違うんだよ。たとえば、あんたが前回選んだ株なんかもそう。あんたはチャートを見て上がると判断したけどそうじゃなく、上がってほしいと思ってるからそう見えるのさ」


「ちょっといいですか?」


「何?」


「先程、感覚が大事とおっしゃったんですが、それも感覚ではないんでしょうか?」


 顎に軽く握った手を当て、小夜が考え込む仕草をした。


「そう言われるとそうなんだけど…。ちょっと違うんだよね。感覚が大事って言ったのは値動きの受け止め方の話で、今言ったことは感覚というよりも…、そう! 感情が入り込んでるんだよ。投資する人間の願望とか怖れとか。投資に感覚は必要だけど、感情はいらないの」


「でも、感情を無くすなんて無理ですよね?」


「そりゃそうさ。だからさ、こういう時こそ意思の出番なんだよ。高くなった株には手を出さない。下げた株を敢て買う。たとえ怖くても決めた通りにやる」


 立て続けに言葉を並べた小夜が、息を吐いてソファーの背に身を預けた。


「これが、やろうと思うとできないんだな、実際」


「でも、やらないといけないんですよね?」


「あんたが勝ち残りたけりゃね。できるようになっただけで随分違うよ」


「…頑張ります」


 零央は思いつめたようにチャートに眼を向けた。

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