第15話 格言
「たとえ、それでも、信用で買って金利や期限に振り回されるよりゃ遥かにいいよ」
「…そうかもしれません」
暗澹とした気分で零央は視線を落とした。小夜が片方の手の平をひらひらと動かした。
「ごめんごめん。ちょっといじめ過ぎた」
「いえ。そのぐらいでちょうどいいです」
「そう? 気分悪くしてないなら、それでいいけど。それじゃあ、話を続けると、信用で買うと期限があるだろ?」
「はい」
「最長六ヶ月。最近は無期限ってのもあるけど、それで塩漬けになってごらんよ。金利がかかり続けるから、最悪、資金が金利だけで食い潰されちゃう」
「現物なら、そうはなりませんね」
「そういうこと。信用取引の怖さが別の意味でも分かるだろ?」
「胆に銘じます」
真顔で零央が返事をすると小夜が一本、指を立てた。
「上げるも相場、下げるも相場、どちらもなければ相場にならぬ、ならねば儲けもありはせぬ、ってね」
「何ですか、その格言は?」
「じっちゃんがよく言ってた。自分で作ったんだって。株が下がるのを嫌がるなとか、忘れるなって意味だってさ」
小夜の言葉に零央は胸を突かれた。暴落に見舞われた時、確かに下落の可能性を忘れていたことに思い至ったからだ。買った株は上がるとしか思っていなかった。そして、足をすくわれた。
あの時も、もし冷静に対処していれば損失を少なくし、場合によっては取り戻せる可能性もあった。その日の内に株価は反転上昇したからだ。そして、上昇するためには株は一度落ちなければならない。逆説的だが、株が下がるのはありがたいことなのだ。
零央は小夜の祖父、良弦の才能を感じていた。当人と面識は無くとも、小夜を通して聞く言葉には真理の響きがあった。
良弦は父親の数磨と過去に繋がりがあった。数磨が株に投資している時期に知り合い、交友を持っていたらしい。近年はつき合いらしいものも無く過ごしながらも、連絡先を知る程度には関係を維持していたようだ。
数磨が課した試験にはアシストの条件もついていた。零央たちの必要に応じて数磨の持つ人脈や投資に関するシステムなどの周辺情報を利用できることになっていた。事業は独りで行なうものではなく、時に関係者の助力を仰ぐのも経営者にとって必要な資質であるという数磨の信条に基づいたやり方だ。その中から零央は人脈を選んだ。試験の話を聞いた時に同時に伝えられた事柄だった。
零央は良弦に教えを請う選択をした幸運を噛み締めていた。他界していたために本人とはまみえることはできなかったが、孫娘である小夜とはこうして話せている。
小夜について行けば何とかなる。静かな確信が零央の中で生まれ、育っていた。
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