第14話 ナンピンと塩漬け

 質問の思い浮かんだ零央は口にした。


「仮にチャートに従って買ったとしますね」


「うん」


「予想に反して下落した場合はどうするんです?」


「切るのが一番だね」


「損切りですか?」


「そ。傷が浅い内に損失を確定するんだよ」


「切りたくなかったら?」


「損失を嫌がってって意味なら、損が拡大するだけだね。それでよけりゃ、そうすりゃいいさ」


「じゃあ、ある程度自信がある場合はどうです?」


 重ねて問うと小夜は苦笑の表情になった。


「大抵間違ってるから、お勧めしないね。まあ、そういうあたしも買い続ける場合はあるけど」


「下がっているのに、買い続けるんですか?」


「そうだよ。いわゆるナンピンだね。言葉の意味は分かるよね? これはもう、下げるのを承知で意識的にやるんだ。あ、思い出した。さっき、ルーズリーフにしてって言った理由、言っとく。ナンピンすると分けて買うだろ? 書く場所が足らなくなるんだよね。だから」


 小夜の言う『ナンピン』はナンピン買い下がりのことだった。株価の下がっている銘柄に時期を変えて買いを入れ、保有銘柄の平均単価を下げる手法だ。適切に買いを入れれば平均単価が低下するため、上昇に転じた際には利益が大きくなる。ただし、株価がどこかで上昇に転じることが前提なので、それまでの間、低迷する株価につき合うことになる。また、銘柄の選択を間違うと投じた資金が無駄になる可能性もある。企業が破綻した場合が分かりやすい。


「ルーズリーフにする理由は理解しました。でも、投資対象は選ぶにしても、もし買った銘柄が停滞したままだったらどうするんです?」


「いわゆる塩漬けになっちゃったらってこと?」


「そうです」


「いいじゃん、別に。塩漬けでも」


「いいんですか!?」


「いいと思うよ。あたしはフツーに言われてるほど悪くないと思うけどな。もちろん、あんたがさっき言ったように、対象を選んだってことを前提にしての話ね」


「もう少し詳しくいいですか?」


 零央は素早くペンを動かし続けた。


「つまりさ、買った価格よりも下がって低迷したとしてもさ、配当があるんだよ。下がったところで買いを入れれば利回りは良くなるしね。配当が変わんなきゃだよ? だったら、あたしは十分ありがたいと思うな。要は潰れたりしなきゃいいのさ。まあ、株は値上がり益だ、ってやつはやってらんないかもしんないけどさ、それは、あたしに言わせれば欲張りでね。そんなに儲けたきゃ腕磨けよ、って言って終わりだね。つっても、バブルの頃に買って、十分の一とかそれ以下ですってことなら確かに困るかな。でも、それは買ったやつが悪い」


 小夜が快活に笑う。

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