女子高生相場師小夜の指南日記

水原慎

プロローグ

第1話 誤算

 男は、食い入るようにパソコンのディスプレイを見つめていた。


 男が操作する度に画面は切り替わり、数列と文字の並び、あるいはより細かな数値や数値を図形化して時系列のグラフに変換したものが表示された。時にはいくつかの数値を表にした画面もあった。数列も数値も、画面を新たに読み込む度に変化していた。操作した時の期待、新たな数字を目にした時の暗転。その落差と繰り返しが男を消耗させていた。数字の変化が男を追いつめていた。


 相次ぐ減少。


 ―こんなはずではなかったのに。


 重く横たわる思いが、数字をせわしなく確認する男の胸を冷たくしていた。例えではなく、本当に胸が締めつけられて痛い。これ以上、数字が減っていく場面など見たくはないのに、男はディスプレイから目を離せずにいた。


 数列は証券会社の預かり資産、数値は株価だった。

 一株が百円前半の銘柄を二百万株保有していた。信用取引だった。寄り付きで購入したばかりの株が値崩れしていた。注文が成立した後、わずかに値を上げたが、それ以降は下降し続けた。株価の低い低位の銘柄なら極端に下げたりはすまいという根拠のない自信もあった。逆だった。猛烈な勢いで下落していた。


 投入できる資金の大半を投入していた。余力は残っていたが、たまたまだ。切りのいい株数で注文を入れたところ残っただけのことだった。効率良く儲けるには最大限に枠を使った方がいい。そう思っていた。

 現物でも何銘柄か目星をつけて大量に買っていた。目論見では現物の値上がりを狙いつつ、担保として提供することでさらなる利益が得られるはずの取引だった。目の前に突きつけられた現実の前では単なる夢想でしかなかったが。


 誤算だったのだ。


 しかも、とてつもない誤算だ。


 五千万余りもあった余力が、短時間でほとんど吹き飛んでいた。残されたのは数百万円のみだ。


 何だ、これ!?


 男は当惑していた。あまりにも減少が早過ぎた。


 もしかして、損失が出た分、資産から差し引かれるのか!?


 気づいた時には遅かった。確認する暇もない。今は現状に対処するのが最優先だった。

 しかし、男にできることはわずかに過ぎなかった。

 株は、買ってしまえば後は売るか売らないか。売るならいつ売るか。その二つを判断して実行する権利しか残っていない。念じても株は上がらない。どれほど切実な思いでディスプレイを見つめても上がらない。


 代用有価証券となっている手持ちの株は全体で一割程度下落していた。その後は上げたり下げたりの繰り返しでほとんど変化していない。最初に大きく下げた後は均衡状態だった。現金は無いに等しかった。目についた銘柄は片っ端から手を出した結果だった。


 ここに至って、現金を残しておかなかったことを男は後悔した。おかげで損失を現金で吸収して取引を解消することもできない。無理矢理損失を確定すれば、現物の株を証券会社に処分されてしまう。それでは、どの株を、いつ売るかの選択権が奪われる。同じ損をするにしても仕方というものがあった。


 代用としている株が下げれば、その分余力が下がるのは分かる。現物の株を担保とした上での計算上の数字によって大きな取引を可能にするに過ぎないのだから、余力の減り方も大きくなる。当然、そのつもりでいた。理解はしていた。足りなかったというよりも、考慮の埒外だったのは下落の可能性だ。都合の良い展開しか考えていなかったために現実に反抗されていた。

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