13話 人間だった

 俺の名は、ドレン。


 四か月前からこのサバスで兵士に成る為の訓練を受けている。



 クリアさんの下について四か月だ。


 俺は十八歳。


 クリアさんは、まだ驚くべきことに十六歳だ。



 この辺の町は十五歳で一人前として扱われる。


 俺は自分の町の兵士に志願し、三年でサバスの訓練に推薦された。


 自分ではエリート、選ばれしものと思っていた。


 自信を持っていたんだ。



 それが見事に打ち砕かれた。




 俺には町と町を移動できるような実力は無い。


 今後も無理だろう。


 サバスに行くには、案内人の助けがいる。


 そこに三人の案内人が来てくれた。


 ダズさん、クリアさん、リビアさんだ。


 クリアさんとリビアさんに道を教えるため、ダズさんがついてきたらしい。


 実力的には、クリアさんとリビアさんは一人前の案内人だ。



 一目見た時、クリアさんの凄さがわからなかった。



 リビアさんはまだいい。


 俺と同じ様な歳だし、何より美人だ。


 案内人と言われて納得してしまう迫力があった。




 ダズさんは、あれはあれで逆に只者じゃないと思わせる何かがある。




 でもクリアさんは違った。


 ハッキリ言って迫力が無かった。


 体つきも普通より鍛えている程度。


 俺と大差ない様に見えた。


 黒髪、黒目は少し珍しいかもしれないが、見た目は普通に見えた。


 そして、若い。


 若すぎる。


 十六歳って。


 俺より若い案内人とか予想もしていなかった。


 クリアさんが手に持った特徴的な槍には目が行っていなかった。



 俺はクリアさんを舐めてしまった。


 タメ口で話しかけてしまった。


 この事を後で責められたわけじゃない。


 自分の後悔の話だ。


「お前が案内人って本当か?」

「全然そうは見えないぞ」


「移動中に嫌でもわかりますよ」

「まあ、仲良くやりましょう」


 お前とか言ってしまった。


 そして、その後、嫌でもわかってしまった。



 ダズさんは別の町に寄るらしい。


 この町への案内だけだ。


 移動中に付いて来てくれる案内人は、クリアさんとリビアさんになった。



 この日、俺は初めて壁の外に出る事に成った。


 子供の頃から外がどれほど怖いかさんざん脅されてきていた。


 意識していなかったが、いざ外に出るとなると、急に恐怖心が湧き出てきた。



 俺の町からは、この時他に二人推薦されていた。



 俺達三人とも、直前になって怖気づいた。


 俺たち三人はなんの覚悟も出来ていなかった。



 壁の方に歩いていく案内人二人に、のろのろと付いて行った。


 一歩一歩が重く、足が前に進まない。


 ものすごい恐怖だった。



 いつも使っている、いつもの通路。


 いつもの道。


 でも風景が違って見えた。



 待ってくれ、もう少しゆっくり。


 ゆっくり歩いてくれ。


 そう言いたいが、案内人二人は構わずスタスタと歩き、離れていく。


 一切、立ち止まらない。



 案内人二人は躊躇ちゅうちょなく壁の扉を開ける。


 そしてそのまま外に出た。



 俺たち三人は唖然としてしまった。



 兵士見習いは外に出ない。


 案内人がいれば大丈夫と思っていた。


 頼りきっていた。


 そう思って、今まで平常心を保って来たが、想像力が足りていなかった。



 案内人と比べると、兵士見習いは一般人みたいなもんだ。



 この時、初めて俺達は本当の危機感を感じたのかもしれない。



 怖かった。


 恐怖に打ち勝つ胆力は、思いついた途端に身につくものじゃない。


 俺は耐えられなかった。


 気持ちが負け、逃げる事を考えてしまう。



 逃げる言い訳を考えた。


 逃げる為に必死に考えた。


 しかし、何も思いつかなかった。



 考えが纏まらない。


 推薦してくれた人に申し訳無いから頑張ろう、とか、前向きな理由は思いつかなかった。


 そんなのは綺麗ごとだ。


 他人に配慮する余裕は無かった。


 俺の感謝はうわべだけだった。


 それでも、逃げる事のできる状況に無かった。


 だから死ぬ事を考えた。


 俺は一瞬生きる事を諦めた。


 俺が死んだら、どうなるのだろうか?


 どうせ大したことない。


 兵士見習いが一人死んで、一、二年両親が悲しむだけだ。


 いや、そんなに長く悲しんでくれるだろうか?


 所詮は俺だ。


 親孝行も大してしていない。


 俺が死んでも、涙を流してくれるか、自信が無い。


 俺は開き直るのに必死になった。


「リビア、今近くに気になる奴はいません」

「さっさと行きましょう」


「了解です」

「索敵に引っかかったらなるべく早く教えてくださいね?」

「皆さん、今は安全の様です」

「荷物を持ってください」

「行きますよ?」


 俺たちは初めて外に出た。


 俺は死ぬつもりだった。





 歩き始めて四時間。


 ただ黙々と歩くだけだった。


 緊張して損をした。



 この時はそう思っていた。


 安堵した。



 時々クリアさんが別行動していると気づいていなかった。


 戻ってくるのがあまりに速いからだ。



 別行動する時はこんな感じだった。


「リビア、ちょっと出てきます」


「わかりました」

「気を付けて」


 しばらくすると、


「戻りました」


「はい」

「お疲れ様です」


 それだけだった。




 俺たちは三週間分の食料を背負っていた。


 三週間だけだった。


 三週間歩けば良いだけだと、この時は思っていた。


 もう、自分が一度死ぬつもりになっていた事を忘れ、兵士として成長した未来を想像したりもしていた。


 本当に流されやすい、都合のいい性格だ。




 野宿を繰り返して、二週間の半ばを過ぎた頃、それは起きたんだ。


「リビア、集団に気づかれました」

「六体接近して来ます」

「近づく前に二体は処理します」

「四体を耐えていてください」

「すぐに戻ってきます」

「皆さん、魔物が来ます」

「リビアの指示に従ってください」

「リビア、では行ってきます」


 その時俺たちは再び恐怖していた。


 いや、今までのは恐怖でもなんでもなかった。


 ここからが本当の恐怖の始まりだった。



 俺達が歩いていたのは、獣道だった。


 魔物がのそりと出てきていた。


 リビアさんの後ろに三人で隠れた。


 魔物はオオカミの様な体格をしているが、体毛は無かった。


 左右に目が三つずつあった。


 色はグレー。


 大きさが四メートルはあった。



 確か最初は魔物が前足で攻撃してきた。


 リビアさんが盾で受けた。


 盾は白く輝いていた。


 びくともしていなかった。


 リビアさんの剣が右から左に振るわれた。


 剣から白い光が伸び、魔物を襲った。


 魔物は後ろに飛びのいて躱していた。



 奇跡を見たと思った。


 綺麗な光だった。



 そのやり取りを見ている間に、一体同じタイプの魔物が増えていた。


 リビアさんに隙が無かったのだろう。


 二体の魔物は様子を見ていた。



 リビアさんが剣を引き絞った。


 魔物に向かって突きを放った。



 五メートルほど離れたところにいた魔物に白い光が突き刺さった。


 突きを食らった魔物は動かなくなった。


 魔物は崩れて横たわっている。


 もう一体が飛び掛かかる為に体を強張らせた。


 俺達の死角から、もう一体出現した、らしい。


 身体を強張らせていた奴と同時に、こっちに飛び掛かって来た。


 リビアさんは、一体は右手の剣で払い落とし、もう一体を左手の盾で押し返した。


 瞬間、リビアさんの死角に噛み付き攻撃。


 俺達三人は気付いていなかった。


 横たわっていた筈の魔物が、いつの間にか死角に回り込んできていたようだ。


 リビアさんは、結界三枚で死角の攻撃を防いでいた。


 結界で弾いて、振り向いて斜めに払い落とす。


 払い落とされた魔物は、そのまま、追撃を受けた。


 頭と体が切り離されたのを、俺は見た。


 盾で弾いた魔物が、リビアさんを中心に、左右に円弧移動する。


 魔物は飛び掛かって来た。


 が、後ろから黒い光が、飛び掛かってきた魔物に突き刺さった。


 クリアさんだった。


 魔物は動かなくなった。


 クリアさんは大量の血を浴びて、薄笑いを浮かべていた。


 リビアさんは冷静に、動かなくなった魔物達に留めをさして回った。


 リビアさんは息を乱す事も無かった。




 俺はこの時、間違いに気づいた。


 クリアさんを恐ろしいと感じていた。


 本当に恐ろしいのは魔物じゃ無い。


 平気で外に出て、魔物を倒して回れる、人間。



 やっているのは、同じ人間。


 案内人も人間だ。


 人間だったのだ。


 しかも、クリアさんはこの状況を楽しんでいるように見えた。



 クリアさんの死角からもう一体飛び掛かってきた。


 クリアさんはひょいと躱した。


 見えているかのような動きだった。


 出てきた奴はさっきの三体より二周りはデカかった。



 リビアさんは両手を広げて守ってくれていた。


 魔物は離れたところから様子をうかがっていた。


 クリアさんは小さくジャンプした。


 そう思ったら深く沈み込み、光の突きを放った。


 魔物は躱した。


 クリアさんは何度も黒い光の突きを放ちながら、すごい速さで突進していった。


 人間とは思えない速さだった。


 黒い光の突きは連続で魔物を貫いていた。


 まだ魔物はかろうじて動いていた。


 魔物は恐ろしくタフだと思った。


 クリアさんは勢いをつけたままジャンプして突きを放った。


 槍は魔物を捉えていた。


 五メートルは飛んでいた。


 あの速度で突かれては、魔物はもう動かないだろうと納得できた。


「もう大丈夫です」

「魔物は近くにいませんよ」

「僕は川で血を落としてきます」

「少し待っていてください」




 この後、クリアさんが別行動する度に生きた心地がしなかったのは言うまでもないだろう。


 同行して貰っている間も、恐怖は止まらなかった。


 魔物よりも凶暴な、『人間』が、すぐそばで美女と談笑している。


 俺は、彼の隣で、終始、鳥肌が立っていた。



 俺は案内人、とりわけクリアさんに恐怖していた。



 あれで十六歳。


 これからまだ成長するのだ。


 俺だってまだ若い。


 だが、ああは成れないだろう。


 それを思い知った。


 実力も、胆力も、想像の範囲外だった。


 怖いとわかっただけだ。




 訓練中。


 時々、血を浴びて薄笑いを浮かべるクリアさんを思い出す。


 きっと俺はサボれないな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る