八十七話――みんなで軽食もぐもぐ


 すると、部屋の扉を開けると同時にとってもいいにおいが鼻腔を擽ってきた。あの戦国島でも一部王族の主食、とされている米が炊けたとてもいいにおい。甘くて芳しい。


 そんなことを感じながら居間の食卓に近づくと、シオンが握り飯、と呼んでいた軽食が結構山盛り用意してあった。なので、きっとおそらくでもを想定しているのだ。


 近づいてクンクン、とにおいを嗅いでみると巻いてある海苔、というものも一度炙ってあるようで非常に香ばしいにおいがした。食欲をそそるいいにおいだ。


「ほへー、いいにおーい……」


 これはきっと来るを待って食べよ、と思ったので、取り皿をだしに台所をだす為、手を叩きかけたと同時に部屋にノックの音が響いたので立ち止まる。


「おはよう。ふたり共いる?」


「おはよー、ヒュリア。あたしがまだいるよ~。シオンはもうとっくにでかけたみたい」


「あ、あはは、待っていて一緒にいってくれるシオンじゃない、か。って、よく起きられたわね? モーニングコールしようと思っていたのにどうかしたの? ……緊張?」


「半分ね。待って、開けるから」


 部屋の外は騒がしい。ちょいとご近所に迷惑なんじゃないか、と思うくらい狂ったような笑い声が聞こえてくるのでどうもの方も準備万端で一緒に来たようだ。げっそりした男の声が近所迷惑だやめれ、と諫めているのも聞こえてくる。……南無。


 よくわかっていないが、可哀想なひとを見た時に使っている、とシオンが言っていたので心の中で使ってみたクィースが扉を開けるとひとがひとりそのままぶち破る勢いで開けてきたのでクィースは扉で鼻を強打した。痛みで蹲るも、その誰かさんは気にしない。


 今度はクィースが南無状態だ。悶絶しているとまたもや男の声が諫めを吐くのが聞こえてきた。呆れ返って、というかどうしてこうもこいつはアレを極めてやがるんだ、と。


「ナージェ、うっせえ。あと謝れ。元々低い鼻がさらに潰れちまったかもしれ」


「はい? ザラさん、今なんて?」


「え? あ、いえ、ナンデモ?」


 さりげなく暴言が降ってきたのでクィースが雰囲気だけシオンを真似てザラに低い声で抗議する。と意外に効果があり、ナンデモないヨ、と答が返ってきた。クィースはザラの姉、ナフルージェのせいでぶつけた鼻を労わりながら他の客人も招き入れかけてはてな。


「あれ? 委員長、どうしたの?」


「別にどうもしませんわ。わたくし、少なくともあなたに用ではなかったのですもの」


「ウル、その態度はないんじゃない? いくらシオンがクィースと相部屋しているからってそこまで嫉妬しなくてもいいじゃない。それと、何度も言いますけどシオンは女性よ」


「こちらも何度でも言いますわ、ヒュリアさん。重々承知ですわよ、そんなこと」


 開口一番、クィースに嫉妬剝きだしのケッ、をお上品にしたのは女だった。銀髪に蒼瞳が美しく、色白で整った貴族的容貌の彼女はふと不意に首を傾げた。その際、長く尖った耳にかけていた髪の毛が零れて揺れた。


「あら。クィースさん、髪をどうなさったの? やっと美容院にいくようにでもなさったの? いつもの残念がすごく改善されていて見苦しくなくなっていますが」


「それも毒舌だよ、ウルミシェリ委員長。えへへ、実はシオンに可愛くしてもらって」


「なんですって!?」


「ウル、静かに。入っていい?」


「どぞどぞ~。あ、パデアさんもおはようございま……どうしたんです、すごいくま」


「ええ、あの、ナージェが興奮しすぎてアドレナリン全開ぶっちぎって寝れなかったの」


 ああ、なんと。ここにも南無、な御人が。まあ、ひとの部屋の扉をぶち破って鼻を強打したことに謝罪もなしなくらいだ。興奮はきっとパデアが言うように一晩中続いてしまったのでしょう。なんて不憫なひとだ。自分の鼻打ちくらいなんでもない気がしてくる。


 そんなクィースは部屋に迎えに来てくれた者すべてを入れて、扉を閉めて騒音を室内だけに遮断。して、全員を食卓に案内してシオンの用意してくれた大量のを指差し、一緒に食べていこ、と誘う。これにヒュリアの目が輝く。戦国島の伝統軽食だからだ。


 ただ、ここで勉強狂の変態っぷりを発揮してもらっては困るのでシオンからのメモも一緒に渡してからクィースは皿に鎮座している握り飯を一個掴んで頬張った。


 ヒュリアは一瞬ほどはて、と思ったようだったが、メモに刻まれているおっそろしさに気づき、さっと青ざめた。海苔をぱりぱりしながら悠長に軽食とっているクィースにヒュリアは口をパクパクさせる。どうして落ち着いているの!? と、目が語っている。


「んー。ごくん。今、何時?」


 ごっくんして、口の中を綺麗にしてからクィースはヒュリアに簡単な答を教える。聞いて、ヒュリアは携帯端末で時刻確認。ガクッと項垂れて「心配して損したわ、私」というのを表現してくれた。おそらく彼女もクィースと同じ罰を考えてしまったのだろう。


 ヒュリアのドキドキが一段落したようだったのでクィースは続きを食べはじめる。


「んふー、おいふぃ~」


「もう、朝の一番やめてほしいわ」


「それはシオンに言ってよ。あたしもびっくりしたもん。無駄に心臓に負荷かけてくるよね、シオンって。って、おーい、そこのご姉弟さーん。なくなっても知らないよ~」


 食べつつナフルージェとザラ姉弟にも声をかける。すると、そこでようやくナフルージェもザラも軽食に気づいた様子で急ぎ足で寄ってきて姉弟まったく同じに両手で一個ずつ掴んで食べはじめる。……普段、ザラに似ていないふうだが、変なところが似ている。


 ナフルージェの淑女にあるまじき食べ方にウルミシェリはぽかんとしていたが、クィースが二個目を取ったのを見て自分もシオンの厚意にあやかることにしたようだ。


 ひとつ掴んで見様見真似で齧る。


 彼女も、ウルミシェリもナシェンウィルではヒュリアの家に並ぶ名家ナトレシクの御令嬢。軽食やこうした手掴みで食べるファストフードを食べる機会もなかったのだろう。


 だが、慣れないながらも塩味だけの握り飯の美味しさにびっくりして夢中で食べ進めていく。握り飯二個食べて満足したクィースはそこでひとつウルミシェリに質問。


「で、委員長、自宅通いじゃなかった?」


「自宅からこちらに寄りましたの。なにか問題でもありまして? クィースさん?」


「いや、別にないけど」


「シオンに一番に挨拶したかったのよ。えーっとほら、あの日庇ってもらったしね」


「……ああ、なるほろです。でも、それでなぜあたしは無駄に噛まれなければ……?」


「あの気高き御方と相部屋なんて」


「はい、ウル、そこまで。いいじゃない。ずっと相部屋してくれるひと探していたんだから、祝ってあげなさいな。心が狭いわよ。委員長なんだから貫禄を見せなくちゃ」


 余裕を持ちなさい、と言われてウルミシェリはむすっとするが、その膨れっ面すら美しい。まあ、シオンには敵わないが。彼女の美貌はもう、ある種の罪だ。違う意味で目に毒すぎるくらい眩い美貌を備えていらっしゃる。しかも、超級の実力すらあるときている。


 ……。おかしい。天は二物を与えず、じゃないのか? シオンは美貌と肉体の才能、気高い精神に相応しい実力を持っている。実際どれくらいかは比較対象がいまいちわかりにくいのでどうとも言えないが、かなりの実力保有者で間違いない。なにしろ……。


「そいえば、その後続報はある?」


「ええ。第一体育館をぶち抜き、柔道場と弓道場にも大穴を開けて学校を囲う壁のところで気絶しているのが見つかったそうで。救急車で搬送されたそうですが、全治期間は不明だそうですわよ。なので、今がチャンスに違いないので、やはりツキミヤ様の判断は」


「ああ、はいはい。とりあえずバウク先生は当分再起不能ってことでいいんだね? よっし、じゃ、とりあえず初日でなにするかわからないけど頑張ろ。……ドキドキ」


 ドキドキ、と自らの心臓が奏でている爆音を報告してくれたクィースにヒュリアも他も薄く笑い、シオンの用意してくれていた軽食を他の受講者にも残して早めに部屋をでることにした。シオンの罰が怖い以上に興奮マックスのナフルージェがうるさくて。


 そのまま、狂いナフルージェは受講希望者たちの部屋を早朝? 迷惑? ナニソレおかず? という具合にドンドンドンドン叩きまくって相部屋のひと共々起こしてまわった。すっごい迷惑に文句言いそうになった被害者だが、相手を見て文句を引っ込めた。


 要らんこと言ったら発狂中のナフルージェになにをされるかわかったものではない。


 まあ、たいがいの受講希望者はしっかり起きていてそわそわしていたので目覚まし、というよりドッキリになってしまったのだが……。この場で唯一眠そうだったパデアもいよいよというので目がぱっちり覚めた様子。ナフルージェを適度に止めつつ、注意する。


 うるさいわ、とか、近隣に迷惑よ、とかだがナフルージェは気にしない。


 最後に男子が主に入寮している東館に寄って高等科一年と三年の男子たちをオラオラ引き摺る勢いで自分が先頭を歩き、シオンが指定した授業場所、ナシェンウィル中央国立公園の芝生広場を目指す。道中はさすがにうるさいのが迷惑なので、きつめに脅した。


 あまりご近所に迷惑かけるようなら、規律に厳しいシオンは教えてくれなくなる、と。


 この脅しが功を奏し、ナフルージェはようやく黙った。当人曰く「ジョーダンじゃねえ!」らしいのだが、女が言っていい、使っていい言葉だろうか? という疑問はスルー。


 そこからの道中は静かなもので全員が緊張色濃くひょんなことで心臓がでそうになっているのが手に取るようにわかる。面談でシオンと一緒になったイジャベラも彼女の情け容赦なしのきつさに覚えがあるので、心臓はドキドキだ。全員がドキドキ真っ只中です。


 だが、そうこうと口数少なく徒歩で寮から進むこと十分。目的地が見えてきた。国立公園だ。人影はひとつもない。まだ、お天道様も顔を見せていない時刻なので当然。


 しかし、目的地は芝生広場。まだもう少し歩くので全員土の地面を踏んで緑の絨毯を目指す。やがて、先頭を歩くナフルージェの靴がさく、と草を踏んだ音がした。


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