四十七話――タダより怖いものもある臭い


「せっかくの出会いも縁だ。ひとつもらう」


「おやおや、ありがとうよ」


 シオンの言葉に返事をして老婆はよっこいしょ、と椅子から腰をあげて奥へ引っ込んでいき、すぐ戻ってきた。手にはまま重厚そうな化粧箱っぽい見た目の箱を持っている。


 椅子に戻った老婆が箱を開けると貝殻がまるで最高級の真珠のように並べられていた。


 もしかして高いものだったのか、と思い改めて値札の確認をしたが、一個百二ルと安価だ。じゃあ、この物々しい、というか仰々しいのはなんだ? とか思っていると横からクィースが教えてくれた。正確には疑問を発して老婆が教えてくれた、になるのだが。


「あれ、逢貝なのにきれー」


「? これが普通では?」


「まっさか。普通の逢貝はもっと小さいし、色も灰色とか茶色とかだよ。不思議~」


「ふふふ、ちょっと秘境で採れたものでね。それで同業者の間でも高値がつくんだよ」


 つまり厳重な管理は適当な措置。もちろんどうでもいい、方ではなく適切、という意味での適当だ。同業者間でも高値がつくって、それをこんな安価で売っていいのか?


 せっかくの儲け波があるのに乗らないのだろうか? と、ふとシオンがそう思ったと同時に、ホントマジでテレパシーを疑うほど早く老婆がにっこり笑って種明かしした。


「昔馴染みの伝手でほぼタダ入荷だから」


「タダより」


「そんなもんより怖いもんはいっぱいあるさね。例えばうちにいる説教魔のお説教とか」


 びくっとする。つい、条件反射で。説教魔といえばもうひとりしかシオンは知らないのだから。セツキがいるのか、いや、いないいない。いるわけない、つかいるなっ。なんて思うくらいあの男の説教は頭痛を引き起こすくらい長いし、くどくどうるさい。


 だが、そうか。世界は広いな。とシオンは変な感想。説教魔などセツキくらいだと思っていたのにこのナシェンウィルにもいるのか、と思うと微妙にいやな気分だ。


 シオンは老婆に目で促され、貝殻をひとつ摘まんで開けてみる。中はさらりとした質感の白い肌。ただ、ペンで書くにはちと難儀そうだ、と思うのと老婆がそれを用意したのはほぼ同時。……ホント、なにかの超能力で予知でもしているのだろうか?


 老婆は書道、もっと言うとココリエの執務室でよく見ていた筆入れ箱と硯に固形墨、水を用意していたからだ。つまるところここで書いていけ、と。シオンが道具を受け取ろうとした瞬間、携帯端末の撮影音がした。振り向くとヒュリアが興奮していた。イミフ。


「なにか、お綺麗お変態様」


「それ、それがあの島国での筆記具なのよね!? わあ、早く書いて見せて見せてっ!」


「……おい」


「悪ぃ。東方系の資料マジ貴重でよ、こういう機会滅多ねえから興奮が目盛りぶっちぎった臭いんだ。でも、ここで退いたら多分、叩かれるだけに留まらねえから書いておけ」


 訳知り顔のザラ。シオンの横でうんうん、と頷くクィース。ふたりの反応からしてどうにも脅しと違う。まじめにここで書かないという選択肢はデスる危険性を持っている。


 まあ、ヒュリア如きに殺されるシオンではないが、精神的に殺されそうな予感はたっぷりだ。そういう方向性でならヒュリアは頭がいいだけ口が立つだろうし、セツキから説教を失くした感じなのだろう。……いや、今は遠慮しているだけで説教もきつそうだ。


 なので、シオンは硯に水を少量注ぎ、墨をすって溶かしていく。後ろから携帯端末が動画を撮影している気がするも気のせいということにした。墨がいい加減の濃度に溶けたのでシオンは小筆を選んで取り、墨に毛先をひたして貝の内側にさらさらら、と書く。


 老婆からの説明書っぽいものには自分の名と相手の名を書き、祈願を捧げる。と書いてあったのでシオン、と、戦国で最もサイだった自分を大事にしてくれたひとの名を書いておいた。手で扇いで墨を乾かし、貝を閉じて紐を結ぶ。そして、祈っておく。


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