四十五話――ザラ刺し祭のち……


「なんて、シオンに限ってそれはないわ。おばあさん、残念ですが絶対違いますので」


 訂正をよろしく。暗に言っているヒュリアの声を聞いて浮かれ真っ最中だったクィースがあからさまにショック! という顔をした。浮かれていた自分を恥じたのか、もしくは本気でシオンがザラに一目惚れを信じていたのを裏切られたのに衝撃を受けたのか。


 ――や、シオンじゃないが、ホントどういう幸せな脳の構造をしていやがる、こいつ。


 ザラがクィースの反応にげっそりしていると老婆がなぜかザラにトドメを刺してきた。


「まあ、だろうね。こんな傾国の美女がそう簡単に恋に落ちるわけないからね。こういうはそれこそ内面、そのひとのひととなりを見て、充分以上に時間をかけて想いをつくっていくだろうし。外面そとづらがちょっといい程度の輩に引っかかるわけないさ。かっかっか」


「……あの、なんでみんなして俺を刺す?」


 老婆の悪意があるのかないのかよくわからない一刺しにザラの心臓が大量出血。瀕死になる。その前にはヒュリアに顔と身長は釣りあうなどとひどめのことを言われたばかりなのに、なんで初対面の老婆にまでそれとわかりにくい罵倒を受けるのだ?


 わけがわからん。と思いつつザラは自分の胸を押さえて心の痛手に耐える。クィースはまだ信じられないのか、「えー……」と言いたげな微妙表情だが、ザラが心に深手を負っているのを見て言わない、ってか正確には言えない。言えばさらなる追い討ちがかかる。


 そんなことになったらもう目を当てられない状態になるだろうことは予想に易い。


 それくらいは普通にわかるクィース。


 だが、一応念の為にシオンをちらり。すると、目があって即クィースはシオンの宝石のように美しい目から、視線から逃れるのに首ごと捻って視線を外した。シオンの目には殺意というくくりに入れてはいけないくらいおっかない殺気が満ち満ちていたからだ。


 彼女の目が語るは一言。「殺す」、だったのもあり、クィースは自らのアホな妄想に緊急停止をかけて必死で命乞いよろしく、冷や汗だらだらでシオンにちらっと目で謝る。


 しばらくシオンとクィースの間に緊迫した空気が流れていたがシオンはふいっ、とそっぽ向いて機嫌悪いままながらも流してくれた。大感謝。シオンに、そして今命があることに感謝してクィースはほっと息をついた。


 危なかったぁ、と思いつつ、でも、とクィースはひとつ引っかかったことをシオンに訊いてみることにした。ちょっとした探り、ほんのかすかな好奇心からの質問だった。


「ザラがどうでもいいのはわかったけど、さ、じゃあシオンは好きなひととかいたの?」


 ぐさっ。なんて音が聞こえた気がしたが、クィースの関心はシオンに好きなひとがいたのかどうかに傾いている。なので聞こえないフリ。背後でザラがヒュリアに慰められている気がするも気のせい、ということにしておいた。とりあえず気になる。


 この無表情の権化で愛想が宇宙の彼方までご出張遊ばせている彼女に恋しいひとがいたのかどうか。もしもいたとして、どんなひとなのか、そこも併せて気になる。


 本当に女の子という生き物は恋愛の話が大好きというか大好物だな、とザラ。


 だが、シオンの反応はちょっとだけ予想を裏切るというか趣旨を少し間違えていた。


「私が大事だ、と大切だ、と好ましい、と思った者はいたにはいたが、近づけなかった」


「あ、ぇと、シオンさん? 恋の話な」


「私は不吉そのもの。だからなるべくそうした者はつくらないように努め、万が一できてしまっても距離を開けるように心掛けた。……でなければ私は、すべて壊してしまう」


「……ぇ?」


 恋の話なんですけど。と言いかけたクィースよりシオンの悲しい独白の方が早い。少女の悲しい自己認識。そして、だからこそなるべく親しい者をつくらないように、と心掛けたなどと言う。シオンの瞳に揺れる痛みと淋しさ。恐れと悲しみとナニカ。


 憐れだった。そんなことを思ってしまうシオンというひとが。自身が不吉だなどと、だから大切をつくらないなどとどうして、と思ってしまうが、悲しすぎて口が利けない。


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