第137話 虎城訪問③

 仲間、メイファンの口にしたその言葉でこの中にマルグリットが入っていることは誰もが想像に難くなかった。


 だが解せない。

 何故、水槽の中に?

 この茶色い液体の正体は?


 様々な疑問が聖教側に渦巻く中、その答えを知るメイファンは淡々とマルグリットの現在置かれている凄惨な状況を説明した。


「そんなに警戒しなさんな。中身はただの水よ。但し、水槽のガラス面は特殊なフィルムを上貼りした防弾仕様の強化ガラスだから滅多な事では傷すらつける事は出来ない完全密封容器よ」


 続けてメイファンはこう言い放った。


「もう一週間近くになるかしら。時々内側から反応が見られるから楽しいわよ」


 その一言でこの場の人間は全てを理解した。

 こうしている今もマルグリットが受け続けている〝落とし前〟の全貌を。


 氷室に凍らされた後、丸腰かつ丸裸のマルグリットはこの真水で満たされた水槽へ移された。氷はやがて溶け、中のマルグリットが息を吹き返す。しかし蓋までみっちり水で満たされた水槽内に空気などあるはずもない。逃げ場なく水を大量に飲み溺死。そして時間が経つと純潔の加護にて蘇生し、またもや溺死。ただただそれを繰り返しているのだ。最初こそ何かを訴える苦悶の表情が伺えていた水槽内はマルグリットの排泄する糞尿や、それを養分にする苔の発生より徐々に汚れていき、遂には透明な水は汚水へ変わり、今もマルグリットは自身の排泄物に塗れた汚水で溺死と蘇生を交互に繰り返しているというわけだ。


「貴様ッ、なんと非道な!!」


 憤慨したパトリックの声が聞こえたのか、はたまた偶然か。突如、水槽内からバンッという音が響いた。見ると、汚れた水槽の内側からマルグリットのものと思しき小さな掌が薄らと見えている。しかしそれは力無くガラス面から離れすぐに見えなくなった。


 言うなれば、水中監獄で四六時中水責めを受けている状態。人道的かどうかは度外視すると、不死身なだけで非力な者。つまりマルグリットにとっては非常に効果的な処罰と言えた。


「これが我ら虎皇会を敵に回した者の辿る末路よ」


 げに恐ろしきは組織に非ず。

 組織を統治しているこの女傑にこそ有り。

 

 妖艶な女帝の笑みに心底戦慄しているパトリックを嘲笑うように、メイファンは話しかける。


「良かったら持って帰ってもいいのよ? イケメンナイトくん。荷物になるから密輸船でノルウェーまで配送してあげてもいいけど」


「このマフィア風情が! どこまで我らアスガルド聖教を愚弄する気か!」


 聖剣を抜き放ちメイファンに飛び掛かるパトリック。

 それを迎え討たんと夜蜘蛛糸を展開する凶星。


 激しい突風が吹き荒れ、互いが衝突したかのような大きい音が響いた。


 風が止み、視界を覆っていた砂埃が晴れるとマルグリットの入った水槽以外の一階にあるガラスが全て割れていた。


 肝心のパトリック、凶星の二名は倒れており、その間に立ちはだかっていたのは女教皇のミリアであった。

 

「短気を起こすんじゃないよパト坊。今回の非はこちら側にあると言ったろうが」


 以前パトリックがハイネリーゼ戦で見せた風を操る加護。元はこのミリアが授かったものである。


 加護の名は〝威風〟

 現役聖騎士時代の渾名は〝威風のミリア〟

 彼女の加護のレベルは三段階目。加護の持つ能力の最大解放状態にまで至っている。それ即ち、彼女がその気になれば天候さえも自在に操り、街一つを吹き飛ばす天変地異を引き起こす事さえも可能ということ。


 故に現存している聖騎士の中で最高位の〝戦乙女ヴァルキュリア〟の称号を与えられ、現在に至るまで比肩する者がいないからこそ騎士の座を退位し女教皇の地位を戴いているのだ。


 他に類を見ない圧倒的な強者を前にデュランもメイファンもただ沈黙するしか出来なかった。

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