第18話 The dark sider's ②
「ならもう一つ。ここ最近、身元不明の遺体がエデンのそこかしこで見つかっている。今週に入って既に十六体目だ」
「警察が知らないってコトは余所者ってこと? 余所者の死体なんて、逆に転がってない日をカウントした方が早いくらいじゃない」
至って日常茶飯事の事件。その半数は虎皇会が関与しているだろうが、もちろん全部ではない。どこにも属していない街のゴロツキやチンピラ、それこそジェイルタウンの連中の仕業だということだって考えられる。
氷室はメイファンに抱き抱えられているアイラを一瞥し、目を伏せてこう告げた。
「被害者は全て子供。いずれもカラの状態ばかりだ」
氷室の告げた事件の異常性を聞いた組員らの間に、どよめきが起こった。
カラとは即ち、抜け殻。或いは中身の無い空っぽという意味であり〝臓器を抜き取られた〟という隠語である。当然、メイファンを含む虎皇会の面々はその意味は重々承知していた。組織の商いの一つに臓器の売買も勿論含まれているからだ。しかし解せない点がある。
それは、被害者が子供であるということ。
虎の卸す臓器はあくまで大人のもののみ。主に金に困って自ら売るか、あるいは金で虎皇会を困らせた者から取り立てるかの二択が殆どだからだ。先程話題に挙がったロシア人は後者だが、酒を浴びるほど飲む人種の臓器は商品価値が低く、解体処分費の方が高くつく為、基本的にはバラさない状態で沈める方がコストパフォーマンスは良い。
いずれにせよ、子供相手に金も貸さなければ賭場の出入りを行わない虎皇会が子供の臓器を抜き取る理由が無いという訳だ。
何より虎皇会東欧支部には、子供に対してシノギを行なってはいけないという鉄の掟がある。
それはここの女帝メイファンが定めたものであり、彼女は無類の子供好きだからだ。それが嘘偽りのない真実であるということは、アイラを前にした時のメイファンの反応が物語っている。
事実、メイファンはマフィアの身でありながら世界中の教育機関や子供向けの医療関係の事業、ボランティア等に多額の投資や寄付を行なっているほどだ。
以前、虎皇会の末端組員数名がストリートチルドレンたちに麻薬の
正しくはその外道の子供たちだけは制裁を免れており、親族を悉く消されて身寄りの無くなったその子供たちは間接的ではあるが施設を通して今でも虎皇会が面倒を見ている。
そんな女帝の意向に背いた輩がどうなるかなどエデンに住む者であるなら想像に難くない。そして、メイファンがどういう人物かを知らない氷室でも無い。この件に関して、氷室がメイファンに接触した理由は二つ。
「この件で何かわかったら、すぐさま我々警察に情報を渡せ。それと、くれぐれも勝手なことをしてくれるなよ。お前が動いたことが分かったら、その時点で手錠をくれてやる」
蛇の道は蛇。毒を以て毒を制する。エデンで動く悪がいるなら同じ悪を。それも、より強大な力を持つ悪の力を利用する事が最も効率が良い。敢えてメイファンの逆鱗に触れるような情報を与えて、虎皇会の情報網を利用したのだ。
しかし、より強い毒故に相手をそのまま毒殺し兼ねない為、取り扱いは慎重に行わねばならない。そもそも、もし仮に虎皇会が犯人を捕らえたとしても決して警察に引き渡すような事はしないだろう。だからこそ氷室はわざわざ事務所まで出向き、メイファン本人へ逮捕をチラつかせて釘を刺した。そうなると、当然実働隊となるのは末端の構成員たちだ。氷室は既に部下たちへ虎皇会のメンバーの動きを二十四時間体制で監視させている。
「あぁ、お巡りさん。探し人がすぐ見つかるように一つだけアドバイスをして差し上げますわ」
勿論、それを判らぬメイファンではない。踵を返して去り行こうとする氷室に対してこう告げた。
「ロシア人をお探しなら、警察署の前にウォッカのボトルでも置いたらいかがかしら?」
人を食ったような笑顔とエスニックジョークで氷室を見送ると、抱えていたアイラを下ろしてこう言った。
「さて、怖いおじさんも帰ったことだし、一緒にショッピングに行きましょう」
特Aクラスの極悪人は、観光案内所のオバちゃんとあまり変わらない振る舞いで次々とエデンの高級ブティックを案内し、アイラの服を大量にプレゼントしてくれた。
持ちきれない荷物を積んだ高級車を手配したメイファンは、帰り際にアイラへ「いつでも遊びにいらっしゃい」と言い、卸したてのアイラの服に自身の襟元に付いていたバッジを外して付けてあげた。
猛る虎を模った純金製のバッジは、虎皇会幹部の証。これを身に付けている者を見て、危害を加えようとする輩はこの街には存在しない。エデンにおいては、これ以上ない最強のお守りのようなものだ。
また、アイラを見かけたら丁重にもてなし、メイファン同様に最優先で警護しなければならないというお触れが虎皇会の関係各位に速やかに伝達されたのだった。
〝見慣れぬ子供を連れた不審な輩は、見つけ次第すぐさま捕らえるべし〟という命令は、末端の組員ではなくメイファンの補佐役であるジェイクと隠密行動専門の凶星にのみ言い渡された。
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