第13話 エデンへお買い物②

 いつ来てもこの街は慣れない。エデンの街並を見る度にデュランは思っていた。


 とにかく人が多くて苛立たしい。すべてはこの一言に尽きる。


 人込みや騒がしい場所があまり好きではないデュランにとって、エデンは決して居心地の良い地ではなかった。だから買い物などは殆どウィリアムに任せ、自身は滅多にこの街に足を運ばない。たまのヤボ用とほんの少しの気まぐれで訪れることがあるくらいだ。それでも帰りには「来なければよかった」といつも後悔している。今までの経験上、この街に来ると決まってロクなことが起こらないのだ。今日も今日とて人が多い。心底、嫌になる。


「まるで十戒みたい」


 ジェイルタウンを出て、ここまで一言も話さなかったアイラが初めて言葉を漏らした。


「俺は聖人じゃねぇよ」


 先を歩くデュランは、振り返ることなく後ろをついてくるアイラに言葉を返す。道行く人々はデュランの姿を見るなり、顔を引き攣らせ道をあけた。それはアイラの言うとおり、神の啓示で海を割って歩くモーゼように見えなくもない。


 この市場は元々ここを縄張りとしていた〝南米の麻薬王〟の異名を持つアントニオ・エスコバル率いる麻薬組織『ディアブロ・カルテル』が麻薬密造及び密売輸出の隠れ蓑にしていた仮装市場だったのだが、上海からやってきた虎皇会と真っ向からの武力抗争の末、カルテルの連中を事実上の壊滅に追い込んでからは麻薬の流通ルートとしての機能は停止した。

 

 今では普通の市場本来の機能を果たしている。夜に最も栄えるエデンで、朝から人が多く集まる場所といえばこの市場くらいだ。街の飲食店の多くはこの市場を贔屓にしており、香龍飯店もまた例外ではなかった。しかし、いつもはウィリアムが買い出しに来ている為、店主であるデュラン自ら足を運ぶことは滅多にない。故に大物珍客の御出ましに市場はちょっとした騒ぎとなっていた。


 いつものこととわかってはいたが、奇異と畏怖の目で見られるのは未だに慣れない。苛立ちを覚えつつ、デュランはジーンズのバックポケットに手を突っ込む。


「……あ?」


 愛煙家であるデュランがいつも肌身離さず持ち歩いている煙草。しかし、いくら弄れど、その煙草はどこにもなかった。あるのは愛用のオイルライターと見知らぬ紙切れ。紙を広げて内容を確認してみると、それはウィリアムの筆跡で書かれたメモだった。


【せっかくのデートなんだから男の君が優しくリードしてあげてね。それと、煙草はアイラの体に毒だから控えなよ。こっちは上手くやっておくからそっちも仲良くするんだよ】


「あんのやろう、帰ったら覚えてろよ」


 デュランはメモを握りつぶし、丸めて投げ捨てた。こんな所に長居は無用。さっさと買い物を済ませて帰るに限る。そう思い立ったはいいが、同時に肝心なことを知らなかったことに気付いた。


(そういや女もんの子供服って、どこに売ってるんだ?)

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