第12話 エデンへお買い物①

「あのさ、デュラン」


「あ? んだよ」


「今日エデンに行く?」


「あたりめーだろ。誰かさんが昨日買えなかった食材を買いに行かなきゃなんねぇからな」


「あ、それなら平気だよ。昨日インターネットで業者に発注しておいたから。足りてないものはこれから一通り届く筈だよ。ジェイルタウンの入り口までって話だから、指定の時間に車で積荷の受け取りに行かなきゃいけないんだけどね」


「なら行かねーよ。誰が好き好んであんな街」


 デュランは心底、エデンという街を嫌っている。


「実は昨日注文し忘れたものがあってね。どうしてもアイラと一緒に行って欲しいんだ」


 ウィリアムもそれを重々承知のはずだが、それにも関わらず行けと言う。これにはデュランも不服そうな顔をした。


「ハア? なんで?」


「なんでって、服だよ服。パジャマもそうだけどさ。うちには女の子用の服なんて無いだろ?」 


「今からネットとやらで注文すりゃいいじゃねぇか。明日にでも届くんだろ?」


「服にはサイズってもんがあるでしょ。アイラの好みもそうだし、実際に着てみて合わせなきゃ。それとハブラシとかの日用品もね。女の子はデリケートな生き物だからさ」


「なんで俺が。お前が行けばいいだろ」


「僕の部屋の置物壊しただろ? ペナルティだよ。開店の準備なら僕がやっておくからさ。二人で行ってきなって」


「チッ、めんどくせえ」


 デュランはぶつくさ言いつつ、飯をかき込んで即座に席を立った。


「気にしないでね、アイラ。デュランっていつもあんな感じだけど、別に怒っているわけじゃないから」


 ウィリアムは俯くアイラの頭にポンと手を置いて優しく撫でた。


「私、きっと嫌われてる。失敗ばかりで役に立たないから」


「そんなことないよ。慣れない環境で頑張ろうとしてるんだもの。結果、失敗しちゃったとしても、誰も君のことを責めないさ」


「でも、私と目を合わせてくれない」


「照れてるんだよ。あー見えてデュランってかなりの恥ずかしがり屋でさ。だから、アイラのこと嫌ってるわけじゃないんだよ? それだけは聖母マリア様に誓って言えるね」


「……」


 依然と俯くアイラの前に、ウィリアムは麻婆豆腐の入った自分の皿を差し出す。


「ほんのちょっとだけ舐めてみな」


 アイラはしばし皿とウィリアムを交互に見比べて、差し出された麻婆を指でちょこっと舐めてみる。最初は自分が食べていたものと何ら変わらぬ麻婆豆腐の味だった。しかし数秒後、それが一変した。


「……!?」


 それはまるで稲妻や電撃に近い感覚だった。さっきまで食べていた自分の分とは決定的に違う衝撃がアイラの口内を駆け巡る。表情の固いアイラが僅かに顔を顰めた。それが少しだけおかしくて、ウィリアムは少し笑いながら「ゴメンゴメン」と言い、コップに水を入れてアイラに渡した。アイラは受け取った水を一気に飲み干した。


「豆板醤と本場四川の花山椒を使ってるから相当ピリピリくるでしょ? 僕らは大人だから平気だけど、子供のアイラには痛いほど辛いよね。デュランは君の分だけ香辛料は入れないで作ったんだよ」


 アイラは、きれいに平らげた自分の皿をじっと見つめていた。


「君のことを決して嫌っているわけじゃないんだ。ただ、不器用なだけで根はイイ奴なんだよ」


「本当?」


「ああ。本当さ。だって、ホラ」


 ウィリアムがリビングの窓を開けて下を指差す。そこには、一階の店舗の壁にもたれてアイラを待っているデュランがいた。

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