第2話 女の子を拾いまして

「これは失礼。考え事をしていたもので」


 ウィリアムは慌てて相手へと駆け寄る。ここは些細なトラブルが命取りになる場所だ。何かやらかしたならさっさと謝って出来る限り事を穏便に済ませるに限る。肩が少し触れただけで高額な慰謝料をふっかけてくる輩もいるが、それで済むのならまだ救いがある。中には有無を言わさず拳銃チャカをブッ放すイカれた奴もいるほどだ。


「子供……?」


 前方不注意のウィリアムがぶつかったのは、幼い少女だった。歳の頃は十と満たないだろうか。地面に尻餅をついたままの状態で大きな瞳をぱちくりさせていた。


 こんな街でも子供は珍しくない。一歩裏路地を入れば生き場を失くした孤児が身を寄せ合い貧しくもたくましく毎日を生きている。少女の顔を見た時、最初はスリかとも思ったが、すぐにその懸念は消えた。何故なら、少女の雰囲気がウィリアムの知っているこの街の子供たちとは違っていたからだ。


 純金を練り込んだようなウェーブがかった長く美しい髪。真珠のような白い肌。黒いフリルのワンピースを身に纏っており、どことなく気品が感じられた。一際ウィリアムが特別に感じたのが、少女の瞳の色だった。


 髪の色と同じ金色の瞳。それは、ウィリアムが知っている男にとてもよく似ていた。


「あー、えっと、ゴメンよ。可愛いお嬢さん。怪我はない?」


 ウィリアムは片手で荷物を抱えると、少女に向かって右手を差し出す。しかし、少女はその手を取らず、ただ座ったままじっとウィリアムを見ていた。


「やっと見つけたぞクソガキ!」


 怒声と同時に響く銃声。ウィリアムが咄嗟に顔を上げると、ここらでは見ない顔の男たちがピストル片手にこちらへと走って来るのが見えた。彼らが言うクソガキとはこの少女のことだろう。しかし、少女は別段焦っている様子はなかった。それどころか、表情一つ変えず平然とし、未だ地面に座ったままの状態で後ろから追ってくる男たちを呑気に見ていた。事情はわからないが、非常に切迫した状況なのは確かなようだ。


「逃げるよ。立って!」


 ウィリアムは荷物を手放すと、代わりに少女を抱きかかえて全速力で走り出した。

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