勝利宣言

「ありがとう有咲」


「へ? 何が?」


 問いから一転、突然の感謝に戸惑う有咲。


「コインが表って教えてくれて」


 私はだいぶ意気揚々と言い放ったが、表か裏か何も分かっていない。


 ただ動揺を誘う為の作戦だ。


「え……あー……うん……」


 どう答えれば良いか分からない、と言った感じでゆっくりと有咲は答えた。


 私はそれを聞いて裏だと確信する。


 どこか安心しきった声。

 嬉しさを噛み殺したかのような最後のうん……の言い方が、ほぼ裏だと教えてくれていた。


 有咲は嘘が苦手だ。正直者で、素直で、人を疑わない。

 それが彼女の良い所であり、また心配な面でもあった。


 それを利用したような作戦に少し心が痛み、申し訳ない気持ちで一杯になった。


 ならば、早く終わらせてしまおう。


「有咲、分かったよ、私、答えていい?」


「え……うん、いいよ……」


 ごめんね有咲……そう心で呟き、決意を固める。


 これでもう終わりなんだ。


 どこか安心した気持ちになりながら、息を吸った。


「机の上にあるコインは……う」


 ジャララララララララララ!!!!


 突如、音が鳴り響いた。


 大量の何かが床に落ちる音。その音は何度か聞いたことがあった。


 その音の影響で私の口は止まる。


「わっ!!!」


 音に驚き、有咲が思わず大声を上げた。


「うわ、ごめーーん!! お金ばら撒いちゃった!!」


 どうやら近くの誰かが小銭をばら撒いた音だった。


 私達の座っている所までには影響が無いみたいで騒ぎが治まるまで動かずにじっとしていた。


「びっくりしたぁ……」


 有咲の声が聞こえ、私は声こそ上げなかったが、同じく驚いた。


 緊迫感のある状況なのだから尚更だろうか。


 爆発的に上昇した心拍数を整えようと、深呼吸をして心を落ち着かせる。


 大丈夫。勝利はもう目の前だ。


 あとは、宣言するだけ。ただそれだけ。


 そのはずだった。




 口が動かない。




 コインは裏、と言うだけなのに。



 動かない。



 何故か?

 自分に問いかけるとその正体は直ぐに判明する。


 不安。恐怖。

 もし間違っていたらどうしよう。


 それらの考えが過ぎる。


 確かに勝利を確信したはずなのに、それが遠ざかっていく。


 ならば、と私は再び確信的な勝利を手にしようと動いた。


「ねぇ、有咲……もう一度教えて? 何で表にしたの?」


「え……そう言われても……」



 ……???




 ……何だろう……この感覚は……




 どれでも……ない……?




 先程までの問いとは全く違う反応を感じた。

 表と言った時とも裏と言った時とも、全く当てはまらない。


 私はここに来て……

 完全に分からなくなってしまった──


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