06
「延々と俺に擦り付けてくるんだな。ちょっとびっくりした」
「あの。その。たいへんしつれいいたしました」
「まあ、いいんじゃないのか。すっきりできたみたいだし」
「あの。たいへんもうしあげにくいのですが」
「なんだ?」
「そちらのほうは、その、発散、いたさないのでしょうか?」
「後でおまえのいない部屋でする」
「うう」
「おいやめろ。押し付けるな」
彼がベッドから出ていって。奥に消えて。
すぐ戻ってきた。ベッドに潜り込んで、同じように抱かれる。
「ふぃにっしゅ」
「え。致すの早くないですか?」
「おまえが延々と擦り付けてたせいで、直前のところまで昇ってきてた」
「じゃあわたしにしてよ」
「やだよ。婚前交渉はいやだ」
だんだん。眠くなってきた。
「眠いか?」
「ねむくない」
「そうか」
「ねえ」
「なんだ?」
「わたしの話。しても、いい?」
「おまえは、病院で特殊な余命宣告をされた。恋愛をしなければ数日中に心が崩壊するという、特殊なやつだな。でもおまえは、気にせず死ぬ気でいた」
「えっこわい。なんで知ってんの?」
「俺も似たようなもんだからだ」
「ねえ。あなたの話を聞かせて」
「俺の話?」
「うん。聞きたい」
ゆっくり。手を伸ばして、抱きしめ返す。背中。
「そうだな。せっかく、死ぬ前だから。話すか」
死ぬ前。彼も、恋をしないと死ぬのだろうか。
「俺は、官邸直属の仕事をしている」
「官邸?」
「内閣でも国会でもない、まあ、言ってみれば、国そのもの、みたいなもんだな。仕事柄、こういうところに住んだりしている」
そういえば、ここは高層マンションの最上階だった。
「普段は企業の内偵やら経済活動の調査やらで、普通の人間を装っている」
「会社にいるのも?」
「内偵の一環だな」
「そうなんだ」
「俺は。死にたいんだ」
「死にたい?」
「そう。誰も知らない危険な仕事に挑んで、そして、どこかの街角で、のたれ死ぬ。それが俺の夢なんだ」
「そんな」
「おまえと同じさ。仕事が生きがいなんだ。そして、明日には、その危険な仕事が始まる」
「えっ」
「俺は、ようやく死ねるのさ。ようやく、街角でひっそりと死ぬ夢が叶う」
「なんで」
「なにがだ」
「なんで死んじゃうの」
「おまえだって、仕事が好きで仕事をしながら死にたがってただろ」
「それとこれとは話が違うわ。わたしは、ただ、恋愛が分からなかっただけで」
「俺に過度な幻想は抱くなよ。今日一日限りの恋愛だ。明日になれば、俺はいない」
「そんな。ようやく、あなたのことが好きになれたのに」
背中を抱きしめる。この背中は。生きようとしていない。昨日までのわたしと同じ。
「俺もおまえのことが好きだけど、俺には仕事があって、仕事をしなければいけないという一応の義務感もある」
「死ぬのに?」
「誰かがやらないといけない仕事だからな。そこに不満はない。死ねるし」
「ねえ」
「そろそろ寝ろよ。一晩で、おまえは治る。そこから先は、おまえの人生だ。好きに生きろよ」
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