02
「おい。帰んぞ」
「待ってください。あともう少しだけ。ほんのちょっとだけ」
「あっそ」
彼が、ドアを閉めて出ていく。
「はあ」
仕事ばかりの人生。
仕事が好きだった。働いて、なんとなく色々なことをする。そういう業種で、天職だというのもある。仕事が好きなんじゃなくて、好きなことを仕事にしているのかもしれない。
「なにやってんだろ、わたし」
仕事ばかり。
色恋も。人としての趣味も。睡眠さえも、ろくにとらずに。働いてる。
もうすぐ死ぬのに。
わたし。
普通に仕事してる。
「よし」
仕事が終わった。一抹の寂しさ。振り切るように、部屋を出る。
「あ」
「おつかれ」
彼がいる。
「なんでここに」
「待ってただけだが」
「だから。なんで待ってるんですか?」
「てめえが心配だからだよ」
彼とは。一回、お酒の弾みで夜を共にした。数日前。
「あ。一回一緒に寝ると恋に落ちるタイプですか?」
自分は、特に何も思わない。ちなみに、初夜だった。なんとなく捨てようと思って、なんとなく初めてを捨てた。記憶も特にない。寝て起きただけ。
「おまえ。覚えてないのか」
「だから。何がですか」
「じゃあいいや。すまん。気にしないでくれ」
「待って待って待って。なんですか。気になるんですけど」
並んで歩く。会社の廊下。
「はずかしいと思うぞ」
「なんなんですか。もったいぶって。早く言ってください」
「おまえ。泣きながら俺に覆い被さって。しにたいって言ったんだ」
「は?」
「どこまでいっても、自分は誰にも好かれないから。だから、死ぬんだって」
記憶にない。覚えてない。
「こんなものいらないって言いながら自分の股間に手を突っ込もうとしたから、止めたよ。初めてなんていらない。膣なんて壊れてしまえって
「ごめんなさい。やめてください」
「ひとしきり暴れて、そのあとスイッチが切れたみたいに眠ってさ。寝顔が、かわいかったけど、つらそうだったよ」
「ねえ。ほんとに」
やばい。記憶が。おぼろげだけど、戻ってきてる。
「おまえ。無理してるよ。心のどこかで」
「あの」
「なに」
「ホテル行きませんか?」
「だからやめろって言ったろうが」
「わたし。自分で自分が分からないし、それに耐えられない」
「耐えられないと、処女を捨てようとするのか。ばかげてるよ、おまえ。自分を大事にしろ」
「じゃあどうすればいいのよ」
「俺の部屋に来い」
「あなたの部屋に?」
「そういうことはしない。ただ、俺が作る料理を、おまえが食う。それだけだ。腹減ってんだろ?」
「減ってない」
というか、お腹が空くことを、なんとも思わない。栄養がなくなれば、いつか死ぬ。それだけだった。働くために必要なものを摂取してるだけ。
「来るのか。来ないのか。それだけはっきりさせろ」
「分からない」
「ホテルには行かないからな」
「なんでっ」
「わかった。じゃあ、ホテルにしよう。ただし、キッチンがあって、自炊ができるところだ。それで我慢してやる」
夜の街。ネオンがやさしく照らす。
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