くらいところでまっている

香月読

Ⅰ.くらいひ

「怪談が夏の風物詩なんてもう古いんです」


そんなことを言い出したのは、今年の春我がオカルト愛好会に入って来た後輩だった。この後輩は怖いもの知らずで、とにかく怖い話が好きだ。やっと十代が後半に乗ったところだと言うのに無駄に行動力がある。オカルトな噂を集めては、それが本当かどうかを確かめに心霊スポットまで飛んで行く。しかしそういうスポットは廃墟が多く、当然廃墟は森の中や町外れなど人目に付かない場所も多い。そんな場所は当然浮浪者や不良のたまり場になっていることがあるもので、心霊スポットに行く時は極力誰かに声をかけろと注意するほどだ。言い過ぎと言うくらいに言っても、後輩の好奇心を抑えることは難しかったが。


「それで先輩、旧校舎の噂って知っています?」


 後輩が声を弾ませて訊ねて来たのは、終業式の後だった。部室の扉を開けて僕を見つけるなり口を開いた後輩は、先の言葉を唐突にぶつけて来た。

 旧校舎の噂、と言われて浮かぶものはそんなにない。今いる新校舎には七不思議(学校ではよく聞くやつ。トイレの花子さんとか、そういう)は存在するものの、旧校舎の方には明るくなかった。取り壊そうとしたら工事車両が壊れたとか、幽霊が出るとか、そんなお決まりの噂があったような気がしただけだ。

 まるで要領を得ない言葉を聞いて、僕は読んでいた文庫本を閉じた。昨日発売したばかりのミステリー小説で、ちょうど犯人に至る推理披露が始まったところだったのに。小さく溜息が出てしまったのが聞こえたかはわからない。


「旧校舎の噂って、どれのこと」

「ほら、あれですよー! 東階段の踊り場にある鏡のことです、1階と2階の」

「何だっけ。ちょっと覚えてない」


 僕の返答に、後輩はあからさまな溜息をついた。数秒前の意趣返しだろうか。そんなことも知らないんですか、なんて言われても知らないものは知らない。


「踊り場の鏡と言ったら『異世界が見える鏡』でしょう!」

「聞いたことあったかな。わからないんだよね」

「はー、これだから先輩は……文字通りなんですけどね」


 そう言って後輩は、聞いてもいないその噂話を話し始めた。

 曰く、旧校舎の鏡は取り払われていて、唯一東階段の2階に上がる踊り場に残されている。人一人の全身を綺麗に映せるくらい大きいもので、深夜0時に覗くと異世界が映し出される、という噂らしい。「異世界を覗ける」「異世界に行ける」と言うオカルト話は多いけど、身近にあるものにある噂は気になってしまうものなのだろうか。案の定、後輩は目をキラキラさせて提案して来た。


「そういうわけで先輩! 旧校舎の鏡について検証に行きませんか!」

「検証って言えば通ると思っているところない?」

「あるあ……いえ、ないですけど! これは愛好会として調べないといけないことですよ!」

「愛好会の名前出せば何とかなるとも思っているよね?」


 いつもよりも興奮しているのか、声がワンオクターブ高くなっている錯覚を起こしそうになる。勢いのままに迫ってくる後輩から逃れようとして、僕は部屋の奥に目を向けた。最奥の机に陣取った部長(何で部長なのかは知らない)と目を合ってその笑顔を見た時、僕はこの問答が終わると感じた。


「いってらっしゃい」


 部長は興味がなさそうな声音で、そう言って手を軽く振った。その声が最高に興味津々の時に出すものだとわかっている僕には、理不尽だと声を上げる元気もなかった。

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