勝利の向こう側に
サトーマモル
勝利の向こう側に
「お兄ちゃん、またそれ?」
きらきらと散らばったものが集まって、
「いいだろ、これが強いんだから」
次の
「最近、
カードとアバターとが完全に一体化する。黒々とした大きな
「さあ、行くぞ!」
頭を低くして、真っすぐに
『パーシステント・チャージ・ゴート』のスキルは、連続しての
攻撃のモーションを終えると、相手はすぐに向きを変えて、同じスキルを発動する。私のアバターは、この攻撃もかわす。
チャージスキルのカードは、足止めか加速、あるいは効果
「当たらないよ! このまま
そう言って
「まだまだ、ここからだ!」
「どうしたの? そんなんじゃ私は
兄は答えることなく、無意味な
私はいい加減じれったくなって、最後の手札を準備する。
「じゃあそろそろ、こっちから……」
そこではたと気付く。相手の位置。自分の位置。四角いコートの中で、アバターが今、どこに立っているか。
「……っ! リリ、お願い!」
『任せて……』
ウサギの形をした白い
「これで……終わりだ!」
決して広くはないコートの中、無数に引かれた、見えない直線。張り
間断のない攻撃が
「まだ終わりじゃない!」
相手のスキルの予備動作が見える。私は逃走スキルを発動する。大きく
「いや、終わりだよ」
頭を下げた姿勢のまま、相手は向きを変えた。スキルが発動される。
『対戦が終了しました。ぜんよーの勝利です』
「ちょっ! そんな!」
『アバターをアンロードしますか?』
*
「ちょっとー。今のずるくない?」
私の上げた
「ずるくはないだろ。バグ
そう言って
もちろん、カードの仕様を知らなかった私が悪い。でも
「最初からその仕様だっけ? 途中から?」
「いや、今回のパッチから」
不意に生ぬるい風が
「きっと次のパッチで弱体化されるよ。絶対にそう!」
だって、発動が
「あのー」
コートの中でぐずぐずしていた私たちに、順番待ちの男子が声を
「ああ、ごめんごめん」「今どきますー」
私たちがコートから出ると、すぐに次の人たちが準備を始める。
兄は、もうコートに背を向けて歩き出している。
その背中に、ぶつける。
「お兄ちゃん。次は絶対に私が勝つから」
*
現実世界にCG映像を重ね合わせるAR(Augmented Reality、拡張現実)技術。そのCG映像を表示するための、眼鏡型の
最初は持て余している様子だったが、ある日、そのARグラスを身に着けた兄が、片方の手に何かを持って、私のところにやってきた。
「これ、莉子の分な」
私たちのゲームが始まった。
*
二人で帰宅する。先に部屋に入った兄が、リビングルームの電気をつける。
「まだいいんじゃない?」
「いや、勉強するから」
「そっか。高校生は大変だー」
私は冷蔵庫の様子を見に行く。足りないものはないと思うけど、もしあったら買いに行かないと。
「なーに言ってんだ。お前だってすぐに受験だ」
「受験ねー」
作り置きのおかずは十分にある。母が用意したものだ。他には……。
「後で莉子の勉強も見るからな」
「えー、いいよー」
「そんなことより、さ。テレビ見よテレビ」
いわゆるガリ勉とは違う。だけど、ふと見ると机に向かっている。高校は苦もなく進学校。
「おーい、
兄の
画面を閉じようと、兄の操作するポインターが動いて、だけどそれが止まる。
「ほら、優勝したって」
「ああ」
黒いオオカミを従えた、ロングヘアの女性。と言っても、年は私と同じくらいだ。
今シーズンの国内プロリーグで負けなし。無敗の女王。
「莉子も……」
「何?」
「……才能あるよな」
兄は画面を閉じた。
「さ、勉強だ勉強。莉子もそこ座れ」
「えー」
*
AR対戦ゲーム『
「うーん……」
動物のカードを集めて、それぞれのカードに設定されたスキルを組み合わせ、専用のコートで戦う、アクションゲームだ。
「どうかなー……」
深夜。自分のベッドの中。ARグラスの、光。
あのヤギをなんとかしたい。それで今日は遅くまで
本当は、別にここまでする必要はない。次のパッチまで待つか、強過ぎるカードを使用禁止リストに入れればいい。だけど。
「それはなんか違う……」
勝ったことにならないような気がする。だけどそれも違う。
最初は、このゲームで遊び始めたばかりの
勝ちたいわけじゃない。じゃあ私は何がしたいんだろう。
『デバイスの使用制限時間になりました。
*
次の日の放課後。兄と待ち合わせて、いつものコートへと向かう。
「お兄ちゃんはさ、
「うーん……作らないな、
その忙しい高校生活の合間を
シスコンかな?
「別に。お兄ちゃんって
「そんなことないけどなー」
仕事で不在がちな両親に代わって、ずっと
一人になりたいこともあっただろうに、文句の一つも言わず、いつでも世話を焼いてくれた、お兄ちゃん。
「おっ、今日もやってるな」
「そりゃ、天気が悪くなければね」
近所の公園。人が集まっている、その一角。ARグラスの会社とゲームの運営会社、それに自治体が共同で管理している、ARゲームのために作られた競技スペース。
テニスコートよりも一回りほど小さな空間。その中央には『対戦ステーション』と呼ばれる小さな機械が
機械の中には無線の親機とモーションキャプチャのセンサーが入っていて、プレイヤーの位置や動きを正確に検知できる。
「莉子ちゃん、こんにちはー」
「
顔見知りの人たちが声を掛けてくれる。私たちも
今日は全部で十人くらいだろうか。見覚えのある人たちが半分くらい、残りは知らない人だ。
順番待ちの人もいれば、ベンチに座って観戦、という人もいる。
しばらく待つと、私たちの順番が来た。
*
無機質さを感じさせる
対戦ステーションのこちら側に私のアバター、反対側には対戦相手のアバターが立っている。
私よりも頭一つ分くらい小さな、私の分身。
「よーし、準備できたか?」
「うん、いつでも」
兄のアバターは、目立ちにくい、灰色。その両足に、力が、込められる。
「よし……それじゃ、対戦開始」
「対戦開始」
『対戦を開始します』
*
スタートと同時に
アバターには武器を持たせられるが、このゲームではスキルの方が強力なので、何も持たせない人も多い。兄もそのタイプ。
相手のカードは『フィアース・ストライク・タイガー』。攻撃力を上げる効果を持つ、シンプルなカード……だった。
私のアバターは、
『おやすみ……メェー』
「おー、よく調べてるな」
このカードの効果は、アバターが受けるダメージの軽減と、味方に
ヤギのカードと同じく、今回のパッチで、トラのカードも強化された。通常攻撃が二回連続攻撃になる効果が追加されたのだ。これは確率で
「なら、これはどうだ!」
逃走スキルで距離を取った直後、相手のアバターの周囲に表示される、地面が揺れて盛り上がるエフェクト。
「それって、予告のつもり?」
「ああ。これでずるくはないだろ?」
相手のカードのスキルは、打ち上げによる足止め。それと、すべての攻撃スキルの効果範囲拡大。
「ありがと。もうずるいなんて……言わない!」
*
ゲームも
「どうした、今回も逃げてばかりだぞ」
「まだまだ、今回は逃げ切って勝つから!」
兄は、現在の
このゲームでは、バランス調整や戦略の変化に
「それじゃ、これで最後だ」
煙の中から、大きな
「ちょっ! いきなりだね!」
「当然だろ」
こちらの動きを見て、相手もアバターの向きを変える。予備動作の時間を使い切ると、迷うことなく
「……ルル、出番だよ」
『おなかぺこぺこ』
私の最後のカード、『トゥイステッド・プランター・スクヮレル』。
「どういうつもりだ?」
兄は少しだけ
私のアバターは、足元に生み出されたドングリを拾う。すると、受けたダメージの一部が回復する。
リスのカードのスキル。時々地面にドングリを落とす。自分のアバターがドングリに触れるとダメージ回復、相手のアバターが触れると
「そんな量の回復じゃ、追い付かないだろ」
相手のスキルが発動される。今度も直撃はしないけど、どうしてもダメージは入る。
その次の攻撃では、相手がドングリを
位置取りには気を付けているので、
「そろそろ終わり……か?」
兄は最後まで油断しなかった。彼は、このゲームを以前ほど熱心には遊ばなくなっていたけれど、少なくとも今回のパッチでは、本気で勝ちに来ていた。
「よし……次で……」
だからその時、最後にドングリを踏んだ時。
「……まさか」
彼のアバターが眠りに落ちて、大きな
『逆じゃない……?』
私は逃走スキルで相手の
『対戦が終了しました。りこぢゃよの勝利です』
「なるほど、な」
『アバターをアンロードしますか?』
*
兄は、私が後片付けを終えるまで、その場に立ち
「いつからだ?」
ヒツジのカードのことだ。
「前々回のパッチだったかな」
兄は苦笑いを
「そうか。やっぱり妹には勝てないな」
*
その次のパッチで、ヤギとトラには修正が入った。ヒツジは逆に強化されたけど、そのまた次のパッチで、元に
結局のところ、最後に勝つのはゲームを作っている会社なのだ。
私は、ゲームでは兄に勝てるけど、他のことでは全然だ。
勉強も、運動も、人付き合いも。
だけどしょうがないよね。
お兄ちゃん。いつもありがとね。また遊んでね。
勝利の向こう側に サトーマモル @1839088
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