正義★タイマー

二夕零生

正義《ジャスティス》★タイマー

 本当の俺は、ジャンケンが弱い。


「「ジャンケンポン!」」

 俺が出したのは、パー。崇人は、グーを出した。

「また赤田の勝ちかよ。なんか怖いんだけど」

「そういうの、負け惜しみっていうんだよ」

 繰り返すけど、俺は本来ジャンケンが超弱い。それだけじゃなくて、何してもうまくいかない不運体質だ。

 でも今の俺は、十戦十勝中の負けなし。

「これ、やるよ」

 俺は一回戦目で勝ち取っていた紙パックのリンゴジュースを崇人に投げ渡した。

「え? オレ負けたのに」

「いいってことよ」

 また一つ正しい事をして、俺はふふんと胸を張った。




 俺がこんな著名なボクサーみたいに無敗を誇っているかって、それにはもちろん訳があった。

 ジャンケンの必勝法を研究して編み出したとかじゃないんだ。


 この腕時計のような機械のおかげだ。

 これ、実はタイマーで、商品名を「正義ジャスティスタイマー」という。


 説明書きによれば「装着すると、五分間、絶対に負けなくなるぞ! 何故ならば! 正義は必ず勝つ! からだ‼︎」らしい。


 これを手にしたのは、他の場所ではあまり見ない個人経営のコンビニ。俺は大抵、駅前のチェーン店を使うけど、母さんにおつかいを頼まれた時は家から一番近い、その店に行く。

 雑多な店内の一番すみっこの棚の一番下。籠から外にこぼれ出て、籠と背板の間にすっぽりと挟まっているのを見つけた。

 なんだか面白そうだと思って、レジに持っていくと、店主のおじさんは、鼻下を伸ばして眉を上げ、ぱちくりと瞬きした。

「こんな商品あったかな…バーコードもないし…君、貴子ちゃんの息子だよね。いいや、あげるよ」といって、押し付けられるように、タイマーは俺のものになった。

 



 俺だって、胡散臭いとは思った。

 だけど、使ってみたら、それはもう世界が変わった。

 最初に使ったのは、姉とおつかい役をかけてジャンケンした時。

 こっそりボタンを押してみたところ、生まれて初めての勝利体験をしてしまった。姉は目を釣り上げて言った。

「あんたズルしたでしょう」

「あ、後出しなんてしてないだろ」

「……まあいいわよ」

 姉は、すんなり引き下がって出かけて行った。普段は何がなんでもワガママを通す暴君が、たった一言で。

 運も味方につけ、ついでに言いくるめまでできた。これはすごく便利な代物なんじゃないか、とそこで気がついた。

 ただ、きっかり五分で効果は切れてしまうという弱点はある。だけど、次の効果までのチャージに時間がかからないので、すぐに正義モードに入る事ができる。それにそもそも大抵の場合、五分以内に物事は解決する。

 決定的な欠点といえば、電池の消費量がバカにならない事で、俺はあのコンビニに通うようになっていた。




 タイマーを手に入れて、使い方に慣れてきた頃。

「赤田、なんか変わったよな」

 崇人に言われて確かに、と頷く。正義タイマーを手に入れてからというものの、いいこと尽くめだ。

「最近何かとついてるんだ」

「そういう意味じゃないけど。前はもっと、自信とかなさそうだったのに。まあ、それならよかったな」

 変わった。確かにそうだ。だって、なんといったって俺は、このタイマーに選ばれたのだ。ならば、やる事は決まっている。

 義を見てせざるは勇なきなり。今の俺には勇気がある。

 こんな特別な力を持ったからには、自分以外の誰かのために使いたい。俺でなければできない事がきっとあるはずだ。

 それから俺はあらゆる困りごとや争い事などの事件に東奔西走して首を突っ込んでいった。

 時には口が達者なお調子者の問題児を改心させ、言葉が強くて神経質なクラス委員の女子を論破した。

 そして、なんと口先だけに限らず、タイマーの効果は殴り合いの喧嘩にも、その効果を発揮した。ただ、筋力があがるような事はなくて、偶然に助けられて最後には俺が勝っているというカラクリだ。

 俺の噂を聞きつけて気に入らなかったらしい不良の先輩に呼び出されて、絞められそうになった時も、タイマーが力を発揮した。

 先輩はそこにあった、ちょっと大きめの石につまづいて転び、その拍子に俺の膝がみぞうちに入って再起不能になった。

 そうして、そんな活動を続けていくうちに、気が付けばあだ名は「レッド」になっていた。たった一人では様にならない気もしたが、そう言われる事に違和感を抱かないほどに、ますます自信がついていた。

 



「おはよう。崇人」

「あ、ああ。おはよ…」

 崇人はぎこちなく返事して、目を逸らした。最近はずっとこんな具合だ。仕方がない。ヒーローとは孤独なものだ。

 それにしても。と、俺は自分の席で憂鬱な気分を持て余す。

 肝心のヒーロー活動がマンネリ化していた。最近はあまりに勝ちすぎるので、単調で飽きるのだ。

「赤田くん」

 呼ばれて振り返ると、クラス委員の清水が立っていた。

 彼女には負い目があるので気まずい。先日言い合いに発展して、彼女を泣かせてしまった。

 細かくてきっちりしているのはいいけど、彼女は率直で言葉がきつい。それが原因でクラスの女子を罵って半泣きにさせていたので、タイマーを使って言い返したら、清水の方が泣き出してしまったのだ。

 そんなことがあったが、彼女の方は気にする様子もなく、紙を差し出す。期末試験の英語のテスト用紙だ。

「これ、落ちてたよ」

「うわ」

 点数の書かれた面を隠す配慮もなく、突き出された紙を慌てて奪う。

 いくら万能のタイマーといえども成績を上げてくれるわけではない。やりようによっては利用も出来るが、正義の味方がそんな悪事はできない。

「あれこれ首突っ込む前に、自分の事もしっかりしたら」

 チクリと刺されて、カチンときた。しかし、ここはグッと抑えてみる。

「自分の事より大切なことがあるんだ」

「どっちも大切にした方がいいんじゃない? 人助けは自分に余裕のある人がする事よ」

「…」

 そこで初めてボタンを押す。

「清水は心配してくれてるんだな」

「……クラス委員の仕事ってだけだから」

 ツンとしていた態度が急に角が取れて丸くなる。どうやら効果が発揮されたらしい。

「行き過ぎは、身を滅ぼすよ」

 清水が急にそんなことを言ったので、どきりとした。これもタイマーの効果だろうか。俺は自分の胸を叩いた。

「大丈夫。俺が正義なんだから」

 清水は思い切り怪訝な顔をしたが、俺に背を向けると、廊下の向こうに消えていった。

 今回も俺の勝ちだ。でも、清水の言葉が引っかかった。冷たく長い廊下の先で窓が光って見えたけど、少し薄暗かった。



 

 教室に戻って、上の空で授業の内容を聞きながら、俺は周りの生徒たちをぼんやりと見た。

 清水に言われたからと言うわけではないが、次第に勝つ事に対して、虚無感を抱くようになっていた。

 勝ち続ける事に意味はあるのだろうか。

 有名な武将も言っていた。

 勝つのは当たり前。だけど、勝ちかたにだって拘りたい。

 それに、このままタイマーに頼り続ければ、不幸になる予感が自分の中に蟠っていた。

 俺は気がついていた。このタイマーは、どうしようもない暴論ですら正義の名の下に正当化してしまう恐ろしい機械なのだ、と。

 ただ完勝し続ければ、そこから得られるものは少ない。

 もしかしたら、努力が必要な場面でも、タイマーに頼り切るような人間になるかもしれない。

 努力も何もせず勝ち続けるなんて、人生を生きたと言えないんじゃないか。

 もうすぐ電池切れを示す、赤い明滅がシャツの下から透けて見えた。

 



 下校しようとすると、校門の前には不良の一団が待ち構えていた。制服は近くの高校のものだ。その中から一人が進み出てくる。

「弟が世話になったらしいなぁ」

 前に喧嘩をした先輩の兄らしい高校生はバキバキと指を鳴らす。

 俺はタイマーのボタンに指を置いた。指先が震えて留まる。

 俺がなんとかしなければ——俺の力で!

 そこで、俺は意を決してタイマーを外した。ポケットに仕舞い込む。これはピンチの時しか使わない。かと言って、流石に力では勝てない。

「落ち着いて、まず話し合おう」

「うるせぇ!」

 お構いなしに、拳が飛んでくる。

 俺は目を瞑って、歯を噛み締めた。重い衝撃を頬に受けて、一瞬無重力になったみたいに体が浮いた。

 ——痛い。凄く痛い。泣きそうだ。いや、泣いていた。頬がぱんぱんに腫れている。

 ——もう、無理! 急いでポケットを探って、ボタンを押し込む。しかし、いつもの音が鳴らない。完全に電池が切れていた。

 絶望するまもなく、今度は蹴りが入る。

 その時、タイマーが掌から飛び出して、地面に転がった。そして、バキッと音がして、不良の足の下で粉々になった。

 絶望している暇もなく殴打されて、反撃しようと立ち上がろうとしたが、激痛が襲う。涙がぼこぼこの顔に伝っていく。

 ——もうだめだ。

 その時、頭の中でカチリと、聞き慣れた秒針の音がした。

 先輩の兄貴の拳が再度振り下ろされた。地面に転がる俺は、それを避けようと身を縮める。

 バキッ ギャッ

 悲鳴が聞こえて、硬く瞑っていた目を開けると、先輩の兄は悶え転がっていた。近くに偶々あった、ちょっと大きめの石に血がついていた。俺を殴り損じた拳はそこに当たったらしい。

 やりやがったなぁ! やっちまえ!

 逆上した不良たちが俺を三六〇度度取り囲み、一気に此方に向かってくる。俺は慌てて逃げようとしたが、ちょっと大きめの石に滑って転んだ。

 その時、俺の前後ろにいた不良同士が相打ちして、そこから仲間れが勃発。混戦。乱闘。

 不良たちが俺の体に触れる事もなく爆ぜるように散っていく。気がつけばあたりは不良の屍の山。

 とっくに五分以上経ってから、俺はその中心で立ち上がった。


 ——勝った。タイマーを失っても、五分を超えても、俺が勝ち続けた。つまり、俺がずっとずっと正義なのだ。


 ——なんて気持ちの良いことだろう! 


 俺はただ生きている限り、勝ち続ける運命を手に入れたのだ! 

 その時、またカチリという音が頭の中に響いた。

 

 今日もカチリと五分刻みに頭の中で音がする。最初は鬱陶しくてイライラしたけど、とっくに慣れた。


 この音がする限り、俺は必ず勝つ!


 腕にタイマーがなくなっても、相手が誰であっても、何にもしなくても。

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正義★タイマー 二夕零生 @onkochishin

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