8.存在しない神
ユキトは短く息を吐き、元のように座り直した。
「やっぱりそういうことか」
「どういうこと?」
隣からツカサが問いかけるが、それに答えたのはれんこだった。
「祈願システムは滅んだ神によって作られたもの、ということです」
「神様って滅んだりするの? 不老不死ってイメージがあるけど」
「神は死にます」
れんこはあっさりと答えた。
「元から短命の神もいますし、好んで死ぬ神もいます。他所の神社から神様を分けてもらう儀式も珍しくない」
「でも群青区ではそれが行われなかった?」
「はい。恐らく神様が死に際に残したシステムが、神の役目を果たしてたからです。多分、神様を他所から分けてもらっても定着しなかったのかな。だから、此処は物凄く居心地が悪い」
そう言ってれんこは眉間に皺を寄せた。
「それは、神様がいないから?」
「私にとっては神様のいる神社が当たり前なので。それが付喪神だろうと、貧乏神だろうと、呪詛の神だろうと」
「なるほどね。祈願システムは神様が、自分の代わりに作った。それを人間が使うことにより、群青区の「信仰」が成立していた。確かに巫女さんからみればイレギュラーだ」
ツカサはそう言いつつ、もう何も入っていないグラスに口をつけ、しかしそれに気がつくと、そのまま口を離した。全員のグラスの中身も似たり寄ったりの状態だが、誰一人として席を立とうとはしない。
「ユキト君は何を確認したかったの?」
「確認は終わったよ。巫女さんの見解も一応聞いておきたかったからな。俺たちはシステムの内部にばっかり拘ってたけど、見るべきところが他にあると思ったんだ」
「見るべきところ?」
「あぁ」
ユキトは小さく肯定を返した。
「祈願システムがどうして作られたか。それが滅んだ神の残したものだとすれば、そこにシステムを消す打開策がある」
「神様が作った物だからってこと? 俺にはよくわからないけど」
他の三人も似たような表情でユキトを見ていた。一人だけは興味があるのかないのかわからないが、人工知能のインストールされたスマートフォンを操作し続けている。少なくとも、邪魔をするつもりはなさそうだった。
「神様がシステムを作ったのは、自分の代わりに願い事を叶える存在が必要だと思ったからだろ。ということは、新しく「神様」を作ってやれば、システムは消えるんじゃないか?」
「新しく……作る?」
ハルが唖然とした声を出した。
「神様を作るってこと? 頭大丈夫?」
「年下に言われると、ちょっと自信がなくなるな。別に本物の神様を作ろうなんて思ってない。システムが「あれは神様だ」って誤認出来りゃいいんだよ」
先程れんこは、他所から貰ってきた神はシステムのせいで定着しなかったのではないか、と仮説を述べた。つまり、その神は群青区にはシステムがあるので自分の役目はないと考えたのだろう。
システムの有無を気にしない、新しい神。それが必要だった。
「システムはエスペランサとNyrを辺見神社のシステムと誤認した。昔はなかった技術でシステムを騙すことは可能ってことだ」
「バーチャルな神様を作ろうってわけ?」
「そういうこと」
「でも、そんなに上手く行くかなぁ」
懐疑的な口調でハルが言う。そもそも神様の存在自体信じていない少年としては、極めて真っ当な反応でもあった。存在しない神を人工的に作りあげ、それを本物だと誤認させる。口にするのは簡単だが、上手く行く保証はない。だが、ユキトはそんなことはわかっていた。
「上手く行く方法を考えようって言ってんだよ。一人だけ考えたって無意味だろうが」
「そりゃまぁ、香山さんの言うこともわかるけどさ」
「……いいんじゃないですか?」
れんこが口を開いた。
「何もしないよりはマシだと思うし。それに、神様が不在になる神無月……えーっと、十月のことですけど、その期間に「代用品」を用意する神社もありますから」
「でもどうやって作るの?」
次に声を発したのはナオだった。誰に問い掛ければ良いのかわからなかったのか、視線は中途半端な位置で止まっている。
「まさかインターネットには載ってないだろうし」
「当たり前だろ。料理サイトに載ってたら椅子からひっくり返る。……というか、今の話の流れでわからないか? 都合が良いものが一個あるだろ」
「Nyrだね。いや、正確にはエスペランサか」
再びツカサが話に加わる。今まで黙っていたのは、ユキトの言わんとしていることを考えていたからだろう。
「エスペランサが神であるとシステムに誤認させればいい。ユキト君はそう考えてるんだね?」
「一から作るより早いだろ。祈願システムを上回る力を、エスペランサが持っているって思わせりゃいいんだ。例えば……どちらの神社も叶えられない願い事を叶えるとか」
「どちらも……。そういえば、叶えられない願い事がリストに表示されてるって言ってたね」
ツカサは確認するように、ナオたちのほうを向く。ナオは頷いて、れんこは「あぁ」と思い出したように声をあげた。
「二つの神社のどちらにも願い事をすると、叶えられなくなるみたい。多分、どっちの寿命を消費すべきかわからなくなるからだと思います」
「それだ。システムの制約を超えた願い事を、エスペランサが叶えればいい」
「でも、殆どが物騒な内容でしたよ? 人を殺したいとか、会社爆発しろとか」
唐突に含み笑いが聞こえた。トモカが肩を震わせて笑っている。全員の視線がそこに集まると、トモカはわざとらしく笑みを作りながら首を少し傾げてみせた。
「どうしたんですか、占い師さん」
「いやぁ、その手の投稿って多いなーって思い出して。リア充と会社の爆破を希望する人の多いこと多いこと」
「リア充って、最近言わなくない?」
ハルがボソリと呟いたが、トモカは聞いていない様子だった。狭い座席の中で足を組み、テーブルに肘をついた格好になると、意地の悪い笑みを浮かばせた。
「で、君たちは当然のよーにエスペったんを使おうとしてるけど、じゃあそうですかって貸すと思う? うちの子高いのよん」
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