第9話 その後のトゥリオ2

***トゥリオside***


「お帰りなさいませ、旦那様」


 いつものように夜遅くに家に帰ると、ラウラが出迎えてくれた。それ自体は珍しいことではないのだが、あからさまに上機嫌なのを見て首を傾げた。


「ああ、ただいま戻ったよ、ラウラ」


 腰に腕を回して頬に口付けた。ラウラは意外とこう言う甘い行為が好きなのだ。これが部屋で人目がなければ首に腕を回して来ていたことだろう。人前だから次期公爵夫人としての威厳で抑えているだけで、口元は緩んでいる。


「ふふ、お腹空いていらっしゃいますよね。着替えて来て下さいまし。すぐに夕食をご用意致しますわ」

「ああ、そうさせて貰うよ」


 再度頬に口づけてから部屋に向かう。ラウラも公爵家の仕事をしている為、忙しい。だからわざわざ私が帰ってくるのを待って共に夕食を取ってくれるが、あまりに遅くなりそうな時は先に食べるように伝言を頼むこともある。

 今日はそれなりの時間で帰って来られたので、ゆったりできそうだ。


「待たせたかい?」

「いいえ。ちょうど良いお着きでございます」

「そうか。なら食べようか」

「はい」


 さっと食事を出して来る侍女達。公爵家は人のレベルも食事のレベルも高いのだ。最初の頃はお礼を言う癖が抜けなくて叱咤されまくったが、今では次期公爵家当主としての威厳もそれなりに身に付いたと思う。


「ところで、ラウラ」

「はい、旦那様」

「何かあったのかい? 随分とご機嫌のようだが」


 やはり聞いて欲しかったのだろう。一気に目の輝きが増した。


「ふふふ。実は今日、チモライから書状が届いたのです」

「チモライ? えっと……」


 どこだったかな。と頭の中を検索していると、ラウラが答えを言ってくれた。


「我が国随一の港町ですよ。マリガンから戻った船に1人も病人がいなかったことを即座に知らせて下さったのです!」


 ああ、と微妙な心情になった。だってこれ、アレだろう? 壊血病。


「旦那様に非常に感謝していると伝えて欲しいとのことでした。後日改めてお伺いしたいとのことです。ガウデンツィ侯爵もこれで何も言えないでしょう」


 チモライを所有しているガウデンツィ侯爵は元々クラウディオ殿下ではなく、第二王子のジャンフランコ殿下を後援していらしゃった。そのお陰でクラウディオ殿下が船の病気に対して対策を打ち出した際に色々と反対して面倒事を引き起こしてくれた人だ。

 そりゃまあ、いきなり医者でもない者が病気対策をしたところで信じられないのは分かるけど、お陰で色々と仕事を増やしてくれた人だから良い思いはない。クラウディオ殿下が船の病気対策をしようとしたのも港町なんて言う金のなる木を所有している家を野放しにしておきたくなかったという政治的判断があったからなのだろう。それで俺に命じてきたのは意味が分からないが。


「……チモライを代官していたのはガウデンツィ侯爵の傍系であるチェルニック子爵だったよな」

「はい。チェルニック子爵はガウデンツィ侯爵と乳兄弟でもありましたから、こちらにもだいぶ固い態度を取られておりましたが、それが結果が出たことで態度が翻ったようなんです。直接チェルニック子爵がお伺いしたいとのことなので、その日は旦那様もご同席して下さいね?」


 公爵家のことには関われていないが、流石にこれは断れないだろう。それに俺自身も本当にアレで良かったのか直に聞いてみたい。知識はあってもこの世界で通用するかは不安があったのだ。


「ああ、その際は殿下に許可を貰って必ず出席するよ」

「ありがとうございます。これでガウデンツィ侯爵をクラウディオ殿下の陣営に引き入れることが出来たら言うことなしなのですが、それはクラウディオ殿下の腕の見せ所ですからね。そこまでは私共が気を回す必要はないでしょう」


 まあ、あの殿下なら成功した場合の道筋くらい作っているだろう。ヒロインに惑わされてしまっていたとは言え、元々王族としては優秀なのだから。


「それにしても旦那様は本当に凄いですね。旦那様のお陰で我が家はまた利益を得られそうです。本当に素晴らしい旦那様を得られて私は幸せ者です」


 ディナーレ公爵家に婿入りして、現在公爵家の本邸がある敷地内の離れが俺達の住まいとなっている。本邸に一緒に住んでも良いとは言われたのだが、こちらの方が気が楽だろうと公爵様が準備して下さったのだ。本当にこれは有難いことだと思っている。

 最初の頃は突然婿入りしてきた伯爵家の三男ということであまり屋敷の者達に良い感情を抱かれていないのは知っていた。勿論、それを表に出して来たりしない辺り、本当にレベルが高い者達なのだ。


 それに、傍から見たら仕方のない評価なのは理解出来た。否むしろその反応が正しいだと思っていた。でも、あの雛形とトゥペンの件があってから皆の俺を見る目が変わった。ラウラが自慢しまくったことが原因だろう。ラウラが喜んでいたから何も言えなかったけど、安らぐ為の家ですら尊敬の念で見られて胃が痛くなったのは内緒だ。


 そして今、ラウラはまたも高揚した様子でいる。これはもう相当に屋敷の者達に自慢しまくっただろうことが予測される。道理で侍女達の目がいつも以上に輝いていると思った。


「……それは良かったよ。私は公爵家の為に殆ど動けていないからね、偶には役に立たないと」

「何をおっしゃっているんですか? 旦那様程家に貢献していらっしゃる方が世の中にどれ程いらっしゃいましょう?」

「あ、あれ? そうかい? それなら嬉しいのだけれど」

「……旦那様……」


 何だろう。これ以上自慢しないで欲しいとは思ったけど、残念そうな顔で見られるのもそれはそれで堪える。


「まあ、よろしいですわ。そういうところが旦那様らしいとも思いますもの。私ももっと旦那様に相応しい妻になれるよう頑張りますわね」

「ラウラは十分過ぎるくらい素敵な妻だよ」

「ふふ。では十分過ぎるくらい素敵な妻で居続ける為にも……そろそろお継ぎが欲しいのですが、ご協力いただけますか? 旦那様」

「…………善処します」


 その夜、ラウラと久しぶりに閨を共にして、前よりは仕事が落ち着いて来ているのも事実なので殿下に相談してみるかなと思った。

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