みさきと私の五分の戦い

さいとう みさき

それは最高の隠し味かもしれない


 ピー!!

 

 私はお湯が沸騰した事を告げるその音に雑誌から顔をあげる。

 やっとお湯が沸いたようだ。

 

 さてこれからが勝負だ。


 私は台所へ行ってやかんの火を止める。

 そして私にしては贅沢して買っておいたカップラーメンの包装を剥がし始める。



 「こいつは三分じゃなく五分なんだよなぁ」



 でかでかと書かれている所要時間を見る。


 これは限定商品、しかもネット上での評判は上々。

 これを楽しみに結構いろいろなお店を探した程だ。


 それを昨日たまたま寄ったドラッグストアーで見かけた時にはうれしさのあまり思わず二個買いしようかと思ってしまった。



 だが価格がお財布に痛い。



 流石に有名なお店が監修してこのメーカーの一押しラーメンで有る訳だ。

 豪華版であるこのカップラーメンには具材まで付いていてなんと味玉が入っていると言うのだ。


 ワクワクしながら蓋を半分まで開く。



 「おおっ! 本当にチャーシューや味玉、メンマなんかが真空で入っている! 海苔も入ってこりゃ楽しみが増えるな!」



 大体のカップ麺は表紙の写真とは出来上がったものが全くと言っていいほど違う。

 よくよく見れば「*写真はイメージです」なんて書いてあるのまである。

 そんな写真に今まで何度騙された事か。



 しかしこれは違う。



 ネットでも評判だった超豪華カップラーメン、否が応でも期待が高まる。


 私はまずそれらの具材やスープのもととなる袋を取り出す。

 そして中を目視確認。

 

 何故なら以前急いでカップラーメンを作った時に取り忘れた袋があって知らずにお湯を入れスープの粉を入れさあ食べようとした時に埋もれたかやくの袋を発見してかなり落ち込んだことがある。



 あれって意外と応えるんだよな、何気に。



 しかし今回は問題無い。

 ちゃんと蓋に書いてある袋の数と取り出した数が合っている。

 中も見たし間違えは無い。


 「さて、説明通りにかやくとスープのもと一番目を入れてっと」


 はやる気持ちを押さえ指定通りのかやくとスープの粉をまず入れる。

 沸いたばかりのお湯を入れるためにやかんを掴んだその時だった。



 「ただいま~、お腹すいたぁ~」



 何っ!?


 なんで奴がこの時間に帰ってくるのだ!?

 いつもならもっと遅く帰ってくると言うのに!



 「ねえ、お腹すいた何かない?」


 「これはダメだぞ、私の昼飯だ。他のなら有るからそれで我慢しろ」



 急いで棚から他のカップラーメンを取り出す。

 そして彼女、みさきの前に置く。


 「ん、じゃあ作って‥‥‥ って、あんた何作ってんの?」


 「これはダメだぞ、私のだぞ?」


 みさきは「ん―」とか言って限定のラーメンを見る。

 そしてこう言う。



 「いいけど味見させてよね?」


 「‥‥‥一口だけだぞ」



 そう言いながら私はお湯を注ぐ。

 タイマーをセットして五分スタート。


 せっかくの豪華カップラーメン、ここでしくじりたくはない。

 しっかりとメーカー指定の時間で完成させたい。


 私はみさきの分を作る為に包装を剥がし中から袋などを取り出し手順通りに作る。

 ちらっと先程のタイマーを見る。

 現在残り時間四分十五秒。

 みさきの分のカップラーメンは三分のやつだ。

 

 コンロに火をつけもう一度やかんを置く。

 三分ちょっと前までお湯を温め直すためだ。



 「ねえ、あんたのそれってもしかして‥‥‥」


 「駄目だぞ」


 「んー、ネットで評判のいいあれだよね?」


 「‥‥‥」



 三分ちょっと前になったのでコンロからやかんを取ってみさきの分のカップ麺にお湯を注ぐ。



 残り三分。



 「なになに、『あの超有名店が監修をした本物の味をお届けします』だって? へぇ~凄いね? なになに、真空パックによるチャーシュー、味玉、メンマ付き? うわ、凄い値段、カップ麺なのに!」


 「‥‥‥味見だけだぞ」



 いつの間にか破り捨てておいたはずの包装を拾い上げ宣伝や広告を読んでいる。



 だがこれはやらん!



 私が一体何軒のお店を探し回り、カップ麺にあるまじき破格のお値段をお小遣いから払っていると思っているのだ!?


 させん、させんぞぉ!

 これは私のモノだ!!



 「味付け卵かぁ、んじゃあたしも」


 そう言ってみさきはフライパンを取り出し冷蔵庫から卵を引っ張り出す。

 そして目玉焼きを焼き始めた。


 「へへへ、カップ麺だけど目玉焼き追加~」


 まあ、好みの具を追加するのはよくやる事だ。


 これ以外にも焼いたベーコンなんか入れても美味しい。

 好みでいりごま入れたり、うどんやそばの場合は追加でいりこだし入れたりすると更に美味しくなるのもある。


 みさきは半熟の目玉焼きを焼き上げちらっと時間を見る。



 「不思議だよねぇ~、朝の三分は短いのにカップ麺の三分は長いよね~」


 「それには同感だな。不思議とこの時間が長いよな」



 たかが三分、されど三分。


 布団の中で過ごす時間と待つ時間では同じ時間でもこうも差があるものだ。

 そんな事を思っているとみさきが私の手元を見る。



 「ねえ、なんでその真空パックの卵とかチャーシュー、メンマをお湯で温めてるのよ?」


 「ああ、これはな具材を温めておくと出来上がった後の見栄えも良いし味も一味良くなるんだよ。ちょど沸かしたお湯が余ったからな」


 そう、せっかくの豪華カップラーメンだ。

 出来る限り堪能したい。


 なので具材に対しても真空パックであることを利用して湯煎で温めておく。

 こうするとチャーシューはもっとやわらかく、メンマも出してすぐにほぐれいい感じになる。



 「‥‥‥おいしそうだよね?」


 「やらんぞ」



 しばし沈黙。



 「ねえ、あんた昔はあたしに対してそれはそれは優しかったよね?」


 「今もちゃんと優しいぞ。だがこれはやらん!」


 「目玉焼きあるよ~」


 「味玉あるからいい」


 「そうだ、冷蔵庫にベーコン残っていたからこれもさっと炙ってあげようか?」


 「チャーシューがあるからいい」


 「豚キムチラーメンも美味しいよ?」


 「前に食べたからいい」



 そしてまたまた沈黙。



 私はちらっとタイマーを見る。

 残り一分を切った。


 とりあえず冷蔵庫から烏龍茶を出してコップに注ぐ。

 それらをテーブルにおいて自分のカップラーメンの前に戻る。

 

 あと少し、あと少しで出来上がる。


 よくよくカップラーメンにお湯を入れて時間が過ぎるのを忘れのびてしまったり、早めに食べようとしてまだ芯が残ってたりと結構あるあるの失敗をしてしまう。



 しかしこの豪華カップラーメンだけはそれは回避したい。



 「ねえ、そう言えばさぁ、よくよく一緒に行っていたラーメン屋さんがつぶれたんだって」


 「なにっ!? あそこがつぶれただって!? マジか!?」


 「うん、それでねぇ~」


 最近みさきはご近所の奥様方とよくよく井戸端会議に参加していてローカルニュースは最新のものがいち早く入ってくる。

 勿論ご近所の情報もかなり正確に早く入ってくる。



 ピピピピピッ!



 みさきとそんな話で盛り上がり始めた頃タイマーが鳴った。


 危ない危ない。


 やはりカップ麺を作っている時に他の事に気を取られると時間が過ぎてしまう。

 タイマーを解除して早速カップ麺のふたを開ける。


 

 ほわっとまだ完成していないのにいい香りがする。

 流石、豪華なカップ麺!


 ワクワクしながらスープの素二番目を入れる。

 ドロッとした液体タイプだが待ち時間の間ちゃんと蓋の上に置いて温めておいたから中の油もしっかりと溶けて容易に入れられる。


 箸でさっとかき混ぜる。

 固まった面もほぐれ、スープも良く混ざり合い更にいい香りがする。



 「うわっ! いい匂い!!」



 みさきも自分のカップ麺を仕上げていくがこちらから漂う香りに思わず反応する。

 湯煎しておいた真空パックの具材を麺の上に乗せて完成!



 「うわっ! 写真のと同じだ! すごっ」


 「確かにこれはすごいな。写真と同じで嘘偽りありませんだな」



 流石にこのお値段。

 みごと調理例のようにきれいに仕上がった。


 それを早速テーブルに持って行く。

 

 ワクワクしながら箸を持って着席。

 と、目の前に同じ時間で出来上がった豚キムチラーメンを持ってみさきも着席する。



 「ねえ、味見」


 「まだ私が一口も食っていないと言うのに」


 「食べたいぃ!」



 早く食べてみたいが仕方ない。

 みさきの前にそれを差し出し味見をさせる。


 みさきは嬉しそうに先ずはスープを一口。



 「うわっ! なにこれっ!? マジ美味しいんですけどっ!?」



 「そりゃぁお値段いいもの。むしろあの値段でまずかったらネット評価にいろいろ書き込んでやらないと気が済まないぞ?」


 そう言っていると続けてみさきは麺をリフト、そのまま小気味良い音を立てて麺をすする。


 「もごもご、ごくん。うん、麺も美味しい! いつもの豚キムチと違ってしっかりしている!」


 「だろう、ノンフライらしいが生めん食感だそうだ。 ‥‥‥って、おいみさき、そろそろ味見は良いだろう?」


 しかし時すでに遅し、テーブルの向こうと言う距離も有り私の制止も何のその、そのカップ麺はどんどんと消費される!?



 「おいこら、待て待て! あーっ!! 味玉一気食いとかありえねぇっ!! あ、楽しみだったチャーシュー!!」



 まだ熱いスープも何のその、みさきは加速度的にそれを消費していく!!


 「まてまてまてぇっ!! うわっ! せめて一口、ああっ!? マジかよスープまで飲みほしたぁっ!!!?」


 「ごちそう様♪」


 全くの悪気も何も無さそうに満足げに両手を合掌してみさきは自分の分のカップラーメンを差し出す。



 「食べる?」


 「おいこらふざけるな! いくら何でもひどすぎる!」


 「あたしとカップ麺とどっちが大切よ?」


 「カップ麺だ! 今はカップ麺だぁッ!!」



 有り得ない。

 私のカップ麺がぁっ!


 こいつは分かっているのか?

 限定商品だぞ?

 お高いんだぞ?

 しかもこの機を逃したらもう二度と食べれないかもしれないんだぞ!?


 たかがカップ麺?



 うるさいわいっ!



 これを私がどれほど楽しみにしていたのか!!


 「豚キムチのびるよ? ちゃんと半熟目玉焼き付きだよ?」


 「うっさい! あっちいけぇっ! ぐすっ」


 涙目で睨む私。

 するとみさきは私のそばまで来ておもむろに頭をなでる。


 「なによ? 私の事大切じゃ無いの?」


 「今はカップ麺が大切だったんだよ!」


 そう言うとみさきは軽くため息をついてからおもむろに口づけをかます。



 おいこら、今はそんな気分じゃ‥‥‥



 「ね? スープの味するでしょ?」


 「だからと言って許したわけじゃないぞ?」


 「んふふふっ、だろうねぇ、だから‥‥‥」



 そう言って自分のカバンをごそごそと。

 そして取り出したものは。


 「はい、限定豪華カップ麺! どうせあんたの事だから食べたがると思ってね♡」


 「‥‥‥えっ?」


 みさきは悪戯が成功したような子供の笑顔になって言う。



 「でも、さっきのキスみたく美味しくないぞ? 何せ私のエキス入りだったんだからね♡」



 ポンとカップ麺を渡される私。


 思わず手の中に有るカップ麺とみさきの顔を見比べる。

 するとみさきはニヤリと笑って豚キムチラーメンを指さす。


 「のびるよ?」


 「うわっ! とにかく勿体ないから私が喰うっ!」


 慌ててのび始めたカップ麺を食べる私。

 そんな様子を面白そうに見るみさき。



 まったくこいつは‥‥‥




 この豪華カップ麺はまた今度食べるとしよう。

 今度はみさきに豚キムチラーメンを食わせた後で。


 そして今度は私のエキス入りで味見させてやろう。



 全く。




 こうして今回の五分の戦いも惨敗する私だった。 

  


    

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みさきと私の五分の戦い さいとう みさき @saitoumisaki

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