第2話
「新入生の皆さん、入学おめでとうございます。私は本校で生徒会長を務めております、信濃川百合子と申しますーー」
生徒会長だったんだ、体育館の壇上で挨拶をする信濃川さんを見て私はそう思った。おおよそ一年ぶりに拝見する彼女は相も変わらずお美しい。
去年の梅雨、雨の日の喫茶店で私は信濃川さんと出会った。その出会いが私をこの学校、私立綾ノ上女学園へと導いたのだ。半年ほどで偏差値を合格圏内まで上げることは、目標もなく勉学から揺蕩っていた私には容易なことではなかった。
またお会いしたい。
それだけを乞うた私の一心は、思い焦がれて激しい原動力となったのでした。そして私は、彼女と、信濃川さんと同じステージに上がることを可能としたのです。とはいえ、信濃川さんはさらなる高みへ立っていたわけですが。
同じ学校に入学できても距離がまだまだ遠いです。そもそもたった一日、しかも数分程度しかお話も出来なかったのですから、私のことなど覚えていらっしゃらないでしょう。寂しいですが、きっとそう。『百合子さん』だなんて、やっぱり下の名前ではとても呼ばないなあ。
「ーー以上で挨拶を終わります」
やり切った、そういう表情を浮かべた信濃川さんが壇上からお降りになる。低い背丈ながら、背筋を伸ばして堂々としていられます。姿勢と自信か、それとも持ち前の気品なのか、信濃川さんは実際の身長よりもとても大きく見えるのです。
「続きまして、エルダー担当者の発表に移ります」
エルダー、この学園を志望するまではあまり耳に馴染みのなかったこの言葉。単純に和訳するのならば「年上の」と言った意味でしょうか。学年主任の先生がエルダー制度の説明をしています。
新入生一人に対して三年生の先輩が一人、一年間のエルダーに任命されるのです。不安を抱えた新入生のケアをするという名目だそうです。勿論、ケアの内容に個人差はあるようですが、昼食を共にしたり、勉学の面倒を見たりと仲良く過ごすペアーが大半とのことです。たった一年されど一年、苦楽を共にしたエルダーペアーは卒業後も関係を持つ方が大変多いとのこと。
信濃川さんがエルダーだったらいいなあ。
希望の先輩や後輩を指名できるわけでもなく、二百人程の先輩方の中から信濃川さんを引き当てる確率など奇跡にも近いこと。期待はしていない。
隣の席からプリントが回ってきた。エルダー担当者のリストだ。私の名前は……。
「
私のエルダーは猪苗代さんという方らしい。それはそうだ、期待なんかしていなかったのだからガッカリなどは……しているなあ。
猪苗代牡丹さん、怖い人ではないといいけれど。いえ、この学園で学び、エルダーと交流を深めた先輩なのです。きっと素晴らしい先輩でしょう。
残念な気持ちと胸が高鳴る気持ちを半々に、私とエルダー、ついでに信濃川さんの名を反芻していると、周りの皆が立ち上がりだしました。新入生とエルダーの顔合わせが始まったのです。私も猪苗代さんを探さなければなりません。
***
「あれ……?」
どういうことでしょうか。周りを見渡せば既に相見えたペアーばかり。猪苗代牡丹さんが見つかりません。
どうしようどうしようと不安に駆られて私はオロオロと、ウロウロと。
「どうしたのかしら」
「エルダーの猪苗代さんが見当たらないのです」
学年主任の先生がお声掛けをしてくださいました。しかし何やら先生は複雑なご表情。
「相変わらずねえ、彼女はまったく……」
その発言は私の不安を否応なしに増大させます。本当に怖い方だったらどうしよう。
「信濃川さん? この子を猪苗代さんの所へ連れて行ってくださるかしら」
「かしこまりました、私の担当の子も連れて行きますわ」
背後から鈴の鳴る様な声。振り向くと信濃川百合子さんが微笑みながら立っておられました。その隣には幸運な私の同級生らしき方、なんと羨ましいことでしょうか。どうして私はそこにいられないのかとちょっぴり胸が痛みます。
「では行きましょうか。久留里さん、
「は、はい、信濃川さん。お手数をおかけします」
一瞬、信濃川さんのお顔が陰りました。
「……猪苗代さんはたぶん図書室にいます。こちらです」
私と楠木さんは、信濃川さんに導かれるように体育館を後にしました。
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