第2話『進路変えるんだろ!?』     


シャボン玉創立記念日・2『進路変えるんだろ!?』     


大橋むつお





時・ 現代ある年の秋


所・ 町野中学校


人物・


岸本夏子   中三


水本あき   中三


池島令    町野中の卒業生歌手


池島泉    令の娘、十七、八歳






 手を振る令、拍手。フェードアウトして拍手はチャイムに置き換わって、放課後の学校の環境音が加わり明るくなる。あきが硬い表情、早足で花道(客席通路)を通って学校を出ようとしている。夏子が、それを追い、舞台上で追いつく。




夏子: あき、あき、ちょっと待ってよ、待ってったらあき!


あき: なに? 悪いけど、わたし急いでるから。


夏子: 待ってよ、大事な話なんだから。


あき: じゃ手短に……


夏子: あき、進路変えるんだろ!?


あき: 誰に?


夏子: 誰に……?


あき: 誰に聞いたの? 担任の上原……生徒の秘密しゃべるなんて最低だ!


夏子: 違うよ。わたしの勘。あき、むつかしい顔して相談室、先生といっしょに入ったろ。出てきたら上原先生までむつかしい顔してて、一言「考えなおせよ」、それ無視して行ったよね。


あき: 立ち聞きしてたの?


夏子: 違うよ、式典の司会やったから、令さんがお帰りになる前に挨拶しとこうと思って校長室へ……三分も居なかった。令さんを車まで送ろうと思って校長室を出たら、ちょうどあきと上原先生とが出てくるところで……あき、廊下で令さんの娘さんとぶつかったのも憶えてないだろ? むっとしてたよ。


あき: え、令さんが?!


夏子: バカ、娘さんの方だよ。わたしがかわりに謝っといた。


あき: ありがとう……でも……


夏子: わたし、その場で上原先生に聞いたの。「あき、進路変えるんですか?」って。


あき: 聞く方も聞く方だけど、しゃべる方もしゃべる方だ!


夏子: バカ、「人の問題に首をつっこむな!」上原先生は、そう言って職員室へ行ったよ。それだけでわかったよ。そしてわたしが追いかけてきたってわけよ。


あき: わたし、もう決めちゃったから。


夏子: 杉の森やめて明野に変えるんだろ?


あき: ……


夏子: 公立で音楽科もってるのは杉の森しかないんだろ? 競争率高いけど、そのために十分勉強したし、準備もしたじゃないか。わたしなんか、将来わかんないから地元の明野だけど、あきは声楽目指すって一年の時から決めてたじゃないか。


あき: だって……


夏子: だってもあさってもない!


あき: 夏子……


夏子: こんな言い方したら失礼だけど、音大とか芸大とか……個人レッスンうけなきゃムリだろ、うちもあきんとこもそれほどブルジョワじゃないし……公立の杉の森の音楽科でしぼってもらうのが一番の安上がり……なんだろ?


あき: 令さんの「シャボン玉」を聞いたろ?


夏子: う、うん……


あき: 圧倒されちゃった……


夏子: あ、アハハハハ……


あき: 何よ?


夏子: あれ聞いてやめようと思ったわけ? ハハ、当然といやあ当然だけど。令さんプロだよ、童顔に見えてるけど、あの道二十年のベテラン。それが、余裕のヨッチャンで歌った童謡だよ、びっくりするほど上手くてあたりまえ。


あき: 違うよ。たしかに、ジャズシンガーで鳴らした池島令が、「シャボン玉」だもん、ズッコケちゃって、驚いて、最後しびれた……


夏子: それ、学校の陰謀。池島令って言やあうちの卒業生で一番有名じゃん。でも中村正太って卒業生の県会議員たてなきゃならないんだって、県の文教委員とかやっててソリャクにはあつかえないって、だから割当時間が二十五分、それも五分オーバー。それで令さん急きょ一曲減らして、「シャボン玉」だけにしたんだって。でも聴かせるよねえ……歌もいいし、話もいいし。シャボン玉が、夢とか希望とか……考えたらそうだよね、毎日、いろんなものに興味持ってさ。好きになった男の子……へへ一日に三人くらいは、いいなって思ったりするもんね。


あき: そんなに?!


夏子: 素敵って思うだけだよ。ウインドショッピングみたいなもんよ。次のお店のショーウインド見たら、もう前のお店のことなんか忘れてる、そういうこと、うまく表現してるって思った。


あき: 令さん、こうも言ったんだよ。「楽そう、近くにあるから、お手頃だから、友だちもやってるから……そういうのはダメ!」


夏子: だからなによ?


あき: わたし……動機が不純だから……


夏子: 何が不純よ?


あき: だって……杉村君が……


夏子: え……杉村とけんかでもしたの?


あき: しないよ、けんかなんかするわけないでしょ!


夏子: 怒ることないでしょ、可能性として聞いただけなんだから。


あき: わたし、杉村君が受けるから杉の森うける気になってたの。そうでしょ、令さん言ってた、友だちもやってるからっていうのはダメだって、ガーンて空が落ちてきた感じ、今まできれいな星や虹だと思ってたものが、落ちてきた空に書いてあったペンキ絵みたいなもんだって言われた感じ。


夏子: 考えすぎだよそれ。


あき: ううん違う。前から感じてたの、同じコーラス部で、いっしょに歌えるのが好きだった……


夏子: そこは告白する前に何度も聞いた。とばして言って。


あき: ビデオじゃないから早まわしなんかできないよ。


夏子: じれったいって意味なの。


あき: ごめん……


夏子: 謝る暇あったらしゃべる!


あき: だから、二年の冬に彼が杉の森受けるって言ったとき、わたしも受けるって……三年の二学期には受験のため、クラブも引退、時々話はするけど。あいつ夢でいっぱいなんだ、大学の声楽部はどこそこがいいとか、将来はオペラのなんとかでかんとかしてみたいとか、わたしはただ杉村君と同じところに居たいから。そういうことが令さんの話聞いてたら、そういうことがいっぺんに頭の中をグルグル回っちゃって友だちがやってるから……って令さん言ったとき、わたし、令さんと目が合っちゃって、まるで心を読まれて、わたしに言われたみたいな気がして……


夏子: それで、まっすぐ上原先生のとこへ行ったんだ……わたし、最初保健室へ行ったんだよ、気分が悪いのかなあって思って。居なかったから、安心して校長室に挨拶に行ったら、ちょうど出入りのタイミングが適っちゃったってことよ……


あき: そうなんだ、ありがとう……でも、もう決めちゃったことだから(立ち去ろうとする)

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