恋に落ちる
人生
1 ビフォア
朝の通学路、あるいは学校からの帰り道――その子は、まるで影のように、気付けばひっそりとそこにいる。
ストーカーである。
僕のことが好きで好きで堪らないのだ。
……あ、いえ、すみません嘘です。
その子はクラスメイトで、たまたま家が近所なのだ。学校という共通の目的地があるだけで、別に僕のあとをつけているとかそういうことではない――はず、だ。
彼女のことをストーカー呼ばわりするのであれば、現在僕の横を歩いている幼馴染みなんて、もはや犯罪者の域に達している。
だけど、仮にあの子がストーカーだとしても、僕はそう悪い気分にはならないと思う。それがどういうかたちであれ、誰かが僕のことを好いているというのは嬉しいものだからだ。
別に、実害が出ているわけでもない。僕のことが好きで、僕のことを知りたいと思いそうしているのなら、それはファンがアイドルの情報を追っかけるのと大差ないと思うからだ。
……あくまで仮の話、だけども。
場合によっちゃ、ただ道が一緒になるだけの女の子相手に自意識過剰な妄想を抱く僕の方をこそ他人は気持ち悪いと思うのだろう。
まあ他人にどう思われようが知ったこっちゃない。だってこれは妄想、僕の頭のなかだけの話。仮に心が読める超能力者がいるとして、どこかで「なるほどね」と頷くようなそんな能力者が僕の考えを盗聴してでもいない限り、この妄想が外に漏れることはないのだから……。
「何をにやにやしてんのさっ」
幼馴染みに――
「僕はもともとそういう顔をしてるんです。見様にはよってはにやにやと、あるいは慈愛に満ちた微笑みに見えるのです」
「あ、そう」
テンションの落差が激しすぎて恐いし、今のけっこう痛かった。口には出さないけど、後ろの子みたいにもう少しお淑やかだったらな、とよく思う。
隣を歩いていて、心情的にも物理的にも距離感が近い幼馴染み。だけど僕は、今みたいに肝心なことを口に出せない。
周囲はみんな、僕たちが付き合っていると思っているようだが、それは誤解だ。
誤解だけど、それはある種の既成事実となっていて――たとえばほら、後ろを歩いているあの子だって、僕と春前が付き合っていると思っているから声をかけられないのかもしれないし。
僕は付き合ってないことを示そうと、彼女のことを「春前」と名字で呼ぶようにしてみたり、いろいろ工夫を凝らしているのだが……どうにも周囲には伝わっていないらしい。
この関係に決着をつけなければ、と思う。
だいぶ自分勝手な自覚はあるけど、このままの関係をずるずる続けて行くのは、お互いにとって良くないのではないかと最近よく考えるのだ。
僕の存在があるせいで、春前に対してアクションを起こせない男子もいるかもしれないし、いつか春前が誰かを好きになった時、僕の存在は迷惑にしかならないと思うから。
昔から家族ぐるみの付き合いをしてきた幼馴染み相手だから、それをするのには勇気がいる。今みたいに毎朝顔をあわせるし、関係がこじれるといろいろと気まずくなるだろう。
とはいえ、家族ぐるみの付き合いをしていたのは彼女の両親が離婚するまでの話で、最近じゃ「家族ぐるみ」と呼べるほどではない。彼女の母親と妹は引っ越してしまい、父親は仕事で多忙だからだ。春前と僕の距離がこうも近いのはそれが理由かもしれない。
だけども――だからこそ。
「僕さ、今日――」
なんでもないことのように、いつも通りの口調を心掛け、僕はそれを告げた。
「告白しようと思うんだ」
■
放課後、屋上で僕は『彼女』を待っている。
スマホでラジオを聴きながら、いつ来るともしれない待ち人を。
……来ないかもしれない。
今ごろ、春前はどうしているだろう。一人で先に帰ってしまっただろうか。
『それではお聞きください――』
最近流行りの音楽が流れ始める。五分くらいだろうか。この曲を聞き終えたら、諦めて僕も帰路につこう。
そんなことを考えながら、手持ち無沙汰な僕は屋上の縁に近づいて。フェンス越しに地上を見下ろす。
春前でも見えないかなと思いながらなんとなくフェンスに触れていたら、
「……? いま、何か……」
金網の一部がどこか不自然だった。ちょっとした違和感というか……フェンスに触れる手に体重をかけると、全体的に金網が傾いだように感じたのだ。
よくよく目を凝らしてみれば、金網の一部が千切れている……。何かで切断したかのような……。
「老朽化……? あ、やば……」
押しすぎて、あからさまに一部分が破れてしまった。破れたという表現で正しいのかは分からないが、なんというかこう……もう少し押せば部分的に金網が外れそうで怖い。
完全には外れていないのでぱっと見なら気付かれないよう、ごまかせるのではないかと思う。ただ、間違って誰かがこのフェンスにもたれかかったら最後、そのまま地上に真っ逆さまなんてこともありえる。先生か誰かに報告した方がいいだろう。
でも、これ……僕が壊したことになるのだろうか。どうしよう。見なかったことにしようか――
と、後ろめたさから周囲の気配に過敏になったからか、僕はその時、背後に人の気配を感じた。
耳の中で鳴っていた音楽が終わる――僕は振り返ろうとした。
ドンっ、と衝撃を感じたのもつかの間。
「え――」
直後、僕は地上に向かって真っ逆さまで――
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