世界の輪廻

@kurosuzumenya


 むかしむかしのこと。うす汚れた大きなローブを着た少年のお話。ちっぽけで、それでも頼もしい、少年のお話。


 第1章 胎動

 1

 ドクンドクンと胸の支柱が揺り動かされているような、そんな感じがした。丁度膿んだ所を抉られていくみたいに強く、そして小さく……

 真っ新な大地に独り佇む少年、焼けるような日射しに面を貫かれ、ゆっくりと歩き出した。

「おう、隣んとこの坊主じゃないか、いつも悪いな、重いもん持たせて」

「いいんですよ、僕にとっては好都合なのでね」

「そうか、頑張れよな」

 気遣ってくれているのではない。監視だ。

「頑張れ、か」

 ひとり、そう呟いた。

 2

 B区の複合的な学校。上から下まで、区の隔てなく教育するのがこの国のやり方だ。

「なーなー、B区にできたファミレスに放課後行かないか、みんなぁ」

「ええっ、健也くんあの子と付き合っちゃったの。残念だわぁぁ」

 煩い。

「バイト終わったらうち来なよ、ゲームしよーぜ」

 人は人と支えあって生きている、とよく言われる。だけど、それはほんとうにそうなのか。

 誰かがこう言えばこんな風に反応すればいいだとか、無意識のうちに思っているんじゃないか。

 知らず知らずのうちに育み刷り込まれていく、共に生きるということの重要性。

 ドタン

「今、授業中だよね、喋らないで欲しいんだけど」

 つい声に出してしまった。

「え?なんか下級地区の虫が鳴いてんぞ」

「いや、俺らが何しようが勝手だろうが」

「普通にうざいんですけど、貴方こそ黙って頂けます?」

「あ、いや、その」

「言い返す言葉もないか、そうだよなぁ」

 教室が笑い声でごった返した。

 教師が何も言えないのも同じことで、地区の格差が大きくゆえんしている。こんな状態であることを上層部は把握しているはずだ。だが動かない。大人の都合というやつだ。

「住んでいる場所でそこまで差別することもないじゃないか」

「はぁぁ?何言ってんの。ドブみたいなところに居る奴らと俺らが同等に扱われる訳がないだろうがぁ、頭に蛆でも湧いたのかぁ?」

「ほんと、同じ教室にいるのも嫌なくらいなのに、汚いわね」

 クスクスと頭を囲うように聞こえてくる。

 これが皆がいう共生ならば、自分は其処に馴染むことはないだろう。

 

 第2章 営み

 1

 僕が普段寝所にしているのはH区。日本の中でも汚染区域を除いて最高に劣悪な環境だ。

 父親の薦めで入学した学校もあまりの酷さに三年前に自ら願い出て退学した。それからというもの、基本水汲みだとか刈り取った稲運びで生計を立てている。

 環境的な要因で稲の育ちも悪く、水も汚い。水なんかは毎日、より綺麗なものを探してG区まで練り歩きとってきているくらいだ。

 ここらに住む者は目に命が宿っていない。ちょうど点滴で命を繋ぎとめている患者みたいな、そんな感じだ。

 だから誰も誰かに期待はしない、助けを必要としない。好都合だ。

 父を含む僕らは貴族と呼ばれるB区以上の住民だったが、所属財閥に嵌められて没落してから、B区、C区、D、Eと、どんどん下がっていき、生活があまりに変化したために自殺してしまった。

 愚かだ。

 所詮は身分に囚われていただけに過ぎなかったというわけだ。

 2330年、だいだい今から87年前から人類は通常の生物の生殖を捨てたらしい。非効率だったそうだ。つまり父といっても培養主というのが正しいだろう。父の他にもその弟が金を出したそうだ。

 つまり、母と呼ばれるものは僕にはいない、もちろん父がいない子もいるだろう。

 敢えて遺伝子をうまく操作して、優れたものから劣ったものを培養している。

 なぜなら格差をつけるためだ。

 搾取するものがいるなら、必ずされる側が必要だ。

 だから基本、住んでいた地区の位が高い家庭の子は優秀なのである。

 自分は恐らく安売りだろう。バーゲンだ、バーゲン。父は金があったと思うが、どう考えても自分は優秀ではなかった。

 こんな話もある

 今では立ち入り禁止となっている汚染区域の話。

 人類が壊滅したのは他でもない第3次世界大戦によるものである。核兵器による汚染が激しく、世界の99%以上が汚染区域と言われるものと化した。比較的に大きな島国だったため、被害が少なかったのと、世界ではほとんど存在しない魔者がいた為、他国も手を出しずらかったのだろう。

 魔者とは魔力を使える者のことだ。19世紀には魔力というものが多く存在したらしいが今はもうほとんど利用できる者はいない。

 2 

 12月21日

 冬場は水が凍っていて、運ぶには楽だが、手が痛い。作物はもちろん取れないため、家内で働くことが多い。

 働きは少しでも多い方がいい。金がない生きることはできないのだから。

 雪が降るなか、ドスドスど埋まりながら歩いていく。この踏み具合がなんとも気持ちいい。歩いていても、家などそこまで見ない。人の姿も見られない。ただ広い大地が自分をからかっているみたいに此処にある。

 雪はいい、溶かせば使いようによっては生活費を削減できる。

 さて、どこの雪がいいだろうか、なるべく土が混じっていないのが良い。

「ふ」

「えっ」

 振り返ると後ろには、赤い髪を大きく提げた少女。赤いには赤いのだが、ピンク色に近く、とてもサラサラしているのが見て取れる。雪が溶けこんで光っている。

「あなた、難しい顔をしてますね」

 雪のことに夢中で気づかなかった。

「何が目的だ」

 少し強めにそう言う。

「ええ、何も企んでなんかないですわ……」

「その身なり、貴族だろ」

「そうですわね」

「また税の徴収か、なら帰ってくれ。そんな余裕はない」

「やはりそうですよね」

「何がだ」

「あなたは、貴族がお嫌いみたいですね」

「ああ、勿論。害でしかない」

「何故ですか…」

「昔、貴族の奴らにいじめられたんだ、このとおり、学校にも行けなくなった」

 そう言うと彼女の表情が重たくなったのがわかった。

「ごめんなさい」

「なぜお前が謝る?」

「私が悪いのです」

 どういうことなのか。

「名乗り遅れました、私の名はシイレル。わかって頂けたでしょうか」

「お前日系ではないんだな。言っていることが変なのはそれが原因か」

「私のこと、知らないのですか」

「何を言っている、先ほど初めて会ったんじゃないか」

「シイレル・ヒューマン。これで分かるでしょうか」

「っっ‼︎」

「お前が……」

「はい、この国の第一王位継承権を持つ、シイレルです」

 彼女ははっきりとそう唇を噤んだ。

 3

「なぜそんなお前がここにいる、ここはH区だ。貴族もそうだが、王族が来るなんてあり得ない」

「私は甘やかされているのです」

 自分の質問には答えずそう言った。

「私のためにと父は信じられない量のお金を使ってくれています。分かっての通り、そのお金はあなたがたから頂いたものです。国に格差を生んだのはそのためなのです。だから、私が悪いんです、ごめなさい」

「金を使っているというが、具体的に言って何に使っているんだ?」

「はい、教育費がほとんどです」

「教育⁇」

「魔者教育ですよ」

「そういうわけか」

 恐らく彼女の父は良い道具を育てているようにしか思っていないだろう。

「だが、それと自分がいじめられたことに関係はないぞ」

「学校の運営の大元は私たち王族です。ですから管理が出来ていなかったことに責任を感じているのです」

「その後改善したようではないみたいだがな」

 目の奥に涙を溜めて歩いている子が自分たちの近くを通った。

「近所の子だ、いつも悲しそうな顔で帰ってくる」

「……」

「責任といったか、それも感じているだけで何もしていないじゃないか。だから貴族が嫌いなんだ、もちろんお前も含めてな」

「自分たちが得をすることにしか手を出さない。全く分かり合えないな」

 と、言ってみた。

「…」

 彼女は黙り込んでしまった。

「話は終わっていない、なぜここにいるかを聞いているんだ」

「っ」

 そう言った刹那、彼女は勢いよく地を蹴り走って行ってしまった。

「言い過ぎたか」

 そんな風に思えたのもいつぶりだろうか。

 他人の感情など、どうでも良いはずなのだが……

 自分が感情を揺さぶられたのは、彼女が当たり前かのように嘘を嘯いていたからだ。

 まず、格差ができたのは戦争の影響、下級地区の生徒だからと舐められたのか、これは常識の範疇である。そして教育の管轄は王族ではなく一般区民の組織であるEOだ。

 不可解だ。彼女が嘘をつくメリットはないはずだ。それに自分を責めていた。

 というか、どうして王女が1人でここにいたのだろう。護衛の1つや2つ、いても良いものではなかろうか。

 まさかね。

 体が信じられない速度で動いた。

 彼女が走った先に。


 第3章 陰謀

 1

「ぐはっ」

 胸が苦しい、かなり無理をした。

「暗いな」

 時刻はだいたい19時ごろ、かなり長い時間走った。

「もうさすがにいないか」

 そう思い、引き返そうかと思ったとき。

「おいおい、何で王女さまがこんな辺鄙な所にいるんだぁ。お付きのおっさんはどうした」

 高らかに笑う男の前に、彼女は立っていた。

「俺らもよぉ、生活が苦しいんだぁよ。お金、持ってるよなぁ?」

 かなりヤバそうな状況になっている。

 仕方がない。

「姫さまになんて無礼を。貴様、容赦はしないぞ」

 と、護衛がいかにも発しそうなセリフを吐く。暗いから、多分、バレないだろう。

「ちえっ、いたのかよ」

 ぶつぶつ文句を言いながら、男は闇に溶けていった。

「おい」

「はい…」

「どうして王宮に戻らなかった」

「…」

「いろいろと誤魔化そうとしていたみたいだが、失敗したみたいだな」

「護衛もなしにこんなところまで来た理由。それは何だ」

 答えは分かっている。だが彼女の口から言って欲しい。

「嵌められました」

「やはりな」

「学校の話、俺に嘘を言ったのではなく、そう教えられていたのだろう?」

「そうです、私はただ、迷惑をかけていることを謝りたかっただけです」

 彼女ははじめから虚偽の情報を刷り込まれていたらしい。

「そしてここに来たのは…」

「責務、ということにされて訳もわからず来たのだろう?」

「はい」

「変だとは思わなかったのか」

「父が直々に頼んできたことを疑おうとも思いませんでした」

「ふむ」

 まさか国王の企みとは。どういう訳なのだろう。

「俺の家も今からじゃ帰るのは時間がかかってしまう。どこかで一晩過ごそう」

「野宿、でしょうか」

「そういうことだ」

 もちろん彼女は綺麗なベッドで寝てる身だから、抵抗があるのだろう。

 ゆっくりと歩き出す。いつのまにか雪は収まっていた。

 頭上の月明かりはぼんやりと、道をかすめていった

 2

「そういえば王女、ここにはどうやってきたんだ」

「シイレル」

「ん?」

「そう呼んでくれていいですよ」

「分かった。で、どうなんだシイレル」

 宿という類いのものはこの区にはない。そもそも人が来ないからだ。野宿は少し寒いので、空き家を使うことにした。

「え、えっとですね、飛んできた、とお答え致します」

「飛行機か」

「いえ、乗り物ではないです」

「そうか」

 魔者、魔を使う者。努力によって得るのは困難な代物。彼女にはやはり才覚がある。

「ものになったんだな」

「たくさん勉強しましたからね」

 だれかと話すことはほとんどなかったのに、なぜだろう、ふつうに会話ができる。

「で、これからどうするつもりだ。俺は仕事がある、今日だって収穫はシイレルのせいでないんだ。この先構ってはやれない」

「そうですね、これ以上の迷惑もかけられませんしね」

「だが王宮には戻れない、詰んでいるんじゃないか」

「詰みましたね」

 あまりいい話ではないが、彼女は楽しそうだ。

「無理なら言ってくれてもいいんですが」

「ふむ」

「私も、ここで働いてもいいでしょうか」

「ああ、いいんじゃないか」

「えっ?」

 自分の発言が予想を大きく外れていたっぽい。

「私は王族です。あなたが嫌いな貴族の親分ですよ。それでもいいのですか」

「もう王族ではないじゃないか」

「…まあ、そうかもしれません」

 王族の責務を放棄した。つまり国を裏切ったことになる。こうなることを予想して国王はわざと嵌めたのか。

「では、良いということですのね」

「そうだな」

「わたしさ、もう王宮の仕事も勉強も飽きてたんだ……。だから世界が変わったっていうか、もう、うれしい」

 急にタメ口調。

「どうした。口調が急に変わったが」

「丁寧な言葉使いをしなさいって言われてたんだ。でももうしなくて良くなったからだよ」

「それにしても別人のようだな」

 普段から他人を疑い続けているうちに、たくさんの話し方をしている自分が言えることでもないが。

 すると彼女は突然こんなことを言い出した。

「そろそろ教えてくれてもいいんだよ?」

 彼女の瞳が輝く。

「何を教えろというんだ?」

「誤魔化さないでくれ」

 まさか、こいつは俺の秘密を知っているのか…

「今日の夜ごはん!」

「何だよ、そんなことか」

「大事なことだよ」

「残念だったなシイレル、飯などない」

「むう」

 案外かわいいやつだ。

「もう寝るぞ」

「うん…」  

「……」

「ねえ」

「どうした」

「ありがとね、受け入れてくれて」 

 礼を言われるのは久しぶりかもしれない。

「俺は馴れ合いはあまり好きじゃないんだ」

「……」

「でも、悪いことだけでもないかもな」

「うん」

 そう言うと彼女はすぐにすうすうと寝息をたてはじめた、疲れているからだろう。

 不思議な感じだ。会ったばかりのやつで、しかも女と共に同じ屋根の下で同じ時間を過ごしているのだから。

「……」

 もう寝よう、自分も疲れた。

 窓から入る微かな燈。

 とてもとても静かな夜だった。

 

 第4章 転移

 1

「んっ…」

 朝、なのだろうか。

「暗いな」

 まだ夜なのか。

 いや、違う。

「おい、起きてるか」

「むにゃぁ、もごもご」

「起きてるんだな。近くに灯があったはずだ、つけてくれないか」

「ん……。ない、ないよ。それにさ、、地面が冷たい気がするんだ」

「言われてみれば、確かにそうだ」

 それに硬い、石の床のようだ。

 空き家の床は木だ、どういうことだろう。

「大丈夫、わたしが明かりを出すから」

 手をゆっくりと差し出しこう言った。

「光の章典、第1項1節、シャイニング」

 そう彼女が唱えると、あたりは明るく照らされた。

「‼︎」

「‼︎」

 ここは。

「ここは……」

「久しぶりだぁなあ、暗礁の魔者。となりのは国を裏切ったっていう王女さまではないですかぁ。いやいや、会えてうれしいよ」

「……」

「誰なんだ、あなた。それに暗礁の魔者って誰のことだ、ここはどこなんだ」

「質問が多いですねえ、王女さまぁ。おしゃべりのためにあなたがたをお呼びしたのではないのですよ?」

「呼んだ?」

「そうだよぉ、僕はAランク魔者なんだから、そのくらい容易いことだよ」

「……」

 まさかね。また会ってしまうとはね。

「如月 健也、3年ぶりだな。相変わらずの気に触る話し方だ」

「外堀 音、君こそ相変わらずのどぶネズミっぷりだねえ」

 3年前のあの日、自分を虐めていた集団の1人である、健也。イケメンでモテて、そして、横暴だった。

「話は聞いているんだよお。なんだっけ、稲刈りに水運び。地味で君にぴったりの仕事をしてるように装って、陰で力を付けていたんだよねえ。数々の仕事をこなし、ついた2つ名は暗礁の魔者。いやあ、君にはもったいない名前だね」

「死ね!」

「破壊の章典第4項2節、エクスプロージョン」

「‼︎」

 彼がそう発した刹那、空気の圧が爆発的に増して大爆発。天井勢いよく落ちてきた。

「シイレル‼︎」

「いや、いやあああああああ」

「はははははははははは。最高に楽しいパーティーだ‼︎」

「っく!」

 迷っている暇はない。今の状態じゃリスクが大きいが、やるしかない。

「グラビティコントロール」

 一瞬瓦礫を抑え込み彼女を素早く抱え、壁を蹴り進む。

「あなたが魔者だったなんて」

「話はあとだ」

 力は限られている、一発が限界だ。

「クイックレイジ」

「クイックヘイスト」

「魔剣召喚、属性付与、土」

 自分はそう唱え、彼に向かって一振り。

 近くの壁に衝撃が飛ぶ。岩のかけらが四方八方に粉散した。

「ぐはっっ。まさか、詠唱省略だとはねえ。噂通りの強さだ。なあに、君とはまた会えるさ」

 そう言い残し、彼はどこかに転移した。

 建物は全壊、あたりは何もないさら地と化した。

 2

 見覚えのない場所だ。A区かB区なのか、いや、それならシルヴァが分かっているはず。

 汚染、区域……

 その可能性は大きい。

「あなたの名前、音っていうのね」

「ああ、シイレルが聞いてこなかった言っていなかった」

「名乗ることは大切だよ?」

「そうだな」

「で、なんで魔者だってこと、黙ってたんだ」

「会って間もないやつに教えるわけがなかろう」

「む、確かに」

「だが、まあいいだろう。話してやる」

「ん」

「そうだな、じゃあこんな話から」

 そして小一時間、魔者になった成り立ちを説明した。

「1日3hの魔書を読む時間、2hの実践、仕事中も魔術のことばかり考えている」

「だからあんなに強いのね」

「そうでもない、あれでも魔力の消費に体が追いついていない。鍛錬が足りないんだ」

「そういえば、あいつがランクと言っていたが私は詳しくランクについて知らない。私はランクSってことは知っているのだけど」

「魔者ランク。この国の統治を裏から牛耳っていると言われている組織が定めているものと聞いたことがある。簡単に言えば強さの指標だが、組織に属さないとそのランクはわからない。そしてそこに属しているということは…」

「貴族ね」

「その通りだ」

「わたしはそんな話なんて聞いたことがないよ」

「だろうな、良いように働く駒になぜ働くのか、その理由は伝えない。そういうことだ」

「利用されていたのね」

「ああ」

 それを知れば、彼女は気づいてしまうからだ。父に”育てられていたんだ”、と。

「それと働くことを許可してくれたのは」

「そうだ、魔者としての仕事のことだ」

「やっぱりそうなんだ」

 彼女がどれほど力を持っているのか、まだはかれていない。仕事を手伝ってくれるならいいと思ったからだ。柄でもないが。

「取り敢えず今は、ここはどこなのかって事が分からないといけないな」

「何もないね」

「ああ」

 本当に何もない。H区の外側はすぐに汚染区域というわけではない。詳しくは分からないが何かしらの空間があると聞く。そこである可能性もある。

「グルルル」 

「ん?」

「何でもないわ」

「腹減ったのか」

「違う、わたしじゃないのだ」

「分かった分かった。少しだが持ってきている」

「かなりかための干し肉だ」

 そう言い、彼女に渡す。

「干し肉って。音は変なモノを食べているのね」

「変ではない、高級品だ」

「分かったよーだ」

 さて、本格的に作戦を練らないと死ぬなこれは。 

「そういえばあいつ、破壊の章典と言ったな」

「詠唱のやつのことなのか?」

「そうだ。だが聞いたことがない章典だ」

「わたしもないわ」

「うむ」

 章典の内容を理解して自身に取り込む、これで魔術を行使できるようになる。理解するのはそこまで苦でもないが取り込むのはとても大変な作業だ。そして章典は日本でのみ執筆されたとあるが、もしかすると。

「もともと海外で書かれたものかも知れないね」

 考えることは同じのようだ。

「まさにそれだ」

「区内で召喚など、そもそも目立って仕方がない。常に監視されていると思っていい。でも、国外なら」

「大丈夫だね」

「ああ」

 やはりここは汚染区域のようだ。

「だが…」

「変ね」

「そうだ、おかしい。聞いていたのと違いすぎる」

 確かに何もない、そう、何もないことがおかしいのだ

「汚染区域……。どこが汚染されていると言うんだ」

「空気も普通ね」

「ああ、それに日射、気温、湿度も普通だ」

 日本は大きく囲まれている。わざわざ気象や気温なども調節しているのである。下級区はコスト削減のためにその恩恵は小さかったが。

「なぜわざわざ気象、気温、その他諸々、調節などしていたんだ」

「わたしも深く考えたことはないわ」

「ああ、俺もだ」

 まさかそこからもう騙されていたとは

「これはやばいことに気づいてしまったようだな」

「お父さんたち、何をしているのかな…」

 ポツリと呟いた。

「分かればそりゃ楽だな」

「うん」

「ならば、人がどこかに住んでいるかもしれないな、探してみる価値はある」

「音って意外と人を頼りにしたりするのね」

「死ぬよりはマシだ」

「強がりね」

「ふん」

 虚無の世界に4足、強く、踏み込んだ。

 3

 科学技術が後退したのは何故だろうか。

 世界の機能が停止した、つまりそういうことだ。エネルギーが永久回路である魔術と違い、科学にはエネルギーが必須。日本には資源が無い。衰退していくのも納得だ。監視というのも人力だ。唯一の遺産としたら、培養くらいだろう、と思っていた。自然エネルギーの使い道は殆どそれに使われるだろうと。生命の維持にはエネルギーが必要だからだ。 

「なあ」

「なに?」

「上だ、上」

「!?」

 驚くのも当然。頭上には大きな冠が、いや、天使の輪いうのが正しいか。

「これを隠したかったんだね」

「どういう事?」

「ここは管理地区と同じ、それが間違っていたんだ。つまりだな……」

「私たちが変化した……?」

「その通りだ」

 そうかそうか、この戦いは。

 始まる前から負けていたわけだ。

「で、この輪は何なの?」

「もう俺らは人とは呼べないものになったということかもしれないな」

「デメリットはあるの……?」

「ああ、もう出ているよ」

 国が暗に設けていた、ランク。その正体はこれだ。ランクE以下は害なし、C〜Aは危険性あり、そして。

「私は人類ランクS」

「俺は……」

「総合SS」

「SS……。そんな人間がいたなんて」

 S以上は、死の危険性あり、だ。

「ランクは決して強さの指標だけというわけではなかった。その肉体が、魂が、どれだけ汚染区域に近いかどうか」

「つまり……?」

「汚染区域は汚染されているんじゃない。人類が産んでしまった神そのものなんだ。偽りの神、それにどれだけ近いか、それがランクというわけだ」

「俺らの負けだな」

 自分は安売りだと思っていた。ここではっきりしたのは自分は培養されたわけではないということ。だが自分は判定では低ランクだと云う話。それを認めたくなくて、自分は努力した。恐ろしいほどに成長は早かった。俺は、出来損ないではなかった。ただ、その力の権限が、遅かっただけ。

 戦争で死んだ人々は汚染区域になる。そして、汚染区域は新たに人を生んだ。それが今の人々。それ以前の人類がランクS以上というわけか。

「そうかそうか。ははははははは」

「どうしたの音?」

「今の人類はどうして培養しているのか分かるか?シイレル」

「効率が良いし、格差をつける為だから?」

「嗚呼、俺もさっきまでそう思っていた。学校でもそう教わったし、本でもそう書いてあるからな。誰も疑わなかったんだよ。でもなそうじゃなかった」

「培養しないと人類は全滅するからだ」

「……?」

「分かりやすく云うとだな。有性生殖は戦争以前の人々に近い。それにいち早く気づいた有識者はこの仕組みをつくった」

「戦争跡地を避けた割合が一番大きい地区をA地区とし、そこから段々と汚染区域に近づくように地区をつくった。そして高ランクの人間をより内側に住ませた。人が神に成らないようにな。適当に偉いだの貴族だのと肩書きを与えれば自分らがなぜ内側に住めるのか、それを疑うことはないだろう?」

「確かに、私も疑わなかった。自分は王族、高ランクであると云うことを」

「だが培養でも同じ人間。やはりその危険性を完全に避けることはできなかった。高ランクのものが高ランクの子を買う。そうして均衡は保たれたわけだ」

「だがな……」

「んん?」

「俺は後に高ランクと分かった。しかもぶっちぎりの最強だ」

「それは……」

「俺らの負け、ではなかったな」

 人類の負けである。

 

 地平線の遥か遠くで放たれた閃光は暴発し、世界を呑み込んだ。

 新たな神の誕生である。

 

 何故このタイミングか。世界でも5本の指に入るであろう者が神に近づいたからだろう。

 何の解決にもなっていなかったのだ。人類が人類である限り、人類は汚染区域に帰り、汚染区域から生まれ続けるのだ。


 疑問点を言うとするならば、事情を理解していたものどもがどうして高ランクの子供など育てていたのかということだ。 

 まあいいさ。

  

 次はどんな世界にいこうか………

 

 終


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