梅雨どきのコーンスープ
梅雨どきの深夜10時。
母がコーンスープを作っていた。いつもは朝起きてから作るのだが、このときは前もって作っておこうと考えたのだろう。
俺はコーンスープが大好きだった。
以前は、一カ月に一回くらいのペースで作ってくれていた母だが、最近では半年に一回作ってくれるかどうかだ。もう作るのが億劫なのだろう。
俺はさっそく一杯いただこうかと悩んだが、その日はそのまま眠ることにした。楽しみは明日に取っておこう。
だが、俺はこのとき、何が何でもコーンスープを飲んでおくべきだったのだ。
翌日。
俺は正午過ぎになってから、ようやく目を覚ました。
そういえば、コーンスープがあったっけ。
俺は台所へ行き、コーンスープを温め直そうと、コンロに火を点けた。
なにか油のようなものが浮いていたが、加熱すれば大丈夫だろうと、俺はかまわず皿によそい、一口飲んだ。
……いつもと少し味が違う。
「おそようさまです」
母が嫌味混じりにやってきた。
「なんかコレ、腐ってない?」
「ああ、それ、いつもとコーンのメーカーが違うから」
「あ、そう」
なるほど。コーンの違いが、味の違いとして、現れていただけか。たしかに、いつもよりもコーンが硬くて不味い――というか、酸っぱい。
「やっぱりコレ、腐ってない?」
「腐ってません! あたし朝飲みました! 姉ちゃんも飲んでました!」
俺は鼻があまり効かない。味覚も鋭いとはいえない。ゆえに食べ物が腐っているかどうかの最終判断を、いつも母に委ねていた。しかし、今回ばかりは、自分の感覚を信じたい。
「朝って、何時よ?」
「8時ごろ」
「5時間か。なるほど、食べ物が腐るには充分な時間のようだ」
「なにぃ!?」
時刻はすでに、午後一時をまわっている。
「この梅雨どきに、作ってからすでに12時間以上が経過しているんだ。腐っていても不思議じゃあない」
「腐ってねえ!」
「でも、なんか変なの浮いてんじゃん!」
「ん? ちょっと貸してみ!」
謎の浮遊物に、さすがの母もただごとではないと察知したのか、コーンスープに鼻を近づけて臭いを嗅いだ。
「大丈夫、腐ってねえ」
「ええっ!?」
自信満々の母のいうことを信じて、俺はもう一度コーンスープを飲んでみる。ほんのわずかな希望に賭けてみたかったのだ。ここで飲めなかったら、次のコーンスープは半年先か、あるいは一年先かも知れない。
それに、“腐りかけ”くらいなら食べる、食べられる。それが俺の食に対する信条だった。
だが、しかし。これはもう腐りかけを通り越して、完全に腐っている。さすがに、それぐらいは俺にもわかる。
「やっぱコレ、腐ってるって。もう、捨てたほうがいいって」
「腐ってねえ! 捨てるなんてもったいねえ!」
いつも食品ロスを生み出している母が、この日は珍しくコーンスープをかばう。
「だったら、一口飲んでみろよ。いっつも、『食べ物を粗末にするんじゃねえ! 捨てんじゃねえ!』って、口酸っぱく言ってるこの俺がこんなに言うんだよ!? 絶対に腐ってるって!」
「じゃあ、もう捨てっちまえ! 残りはあたしが飲む!」
母は最後まで強情だった。わざわざ注意してあげたのに、もう知るものか。いつぞやのアボカドの味噌汁のお返しだ。腹は壊すだろうが、死にはすまい。
ささやかな復習心を胸に秘めつつ、俺は自分の部屋へと戻った。
午後3時。
小腹が空いたので、台所へと向かう。コーンスープを食べた結果も気になる。
「コーンスープ、どうだった?」
「捨てた」
こ、この女。
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