残暑と圧力鍋

 それは、まだ夏の暑さが残る九月中旬ごろのお話。


 俺が家に帰ると、母は夏の熱気にやられていた。だらしなく椅子に腰をかけ、両腕をだらりと下げたまま、口をポカンと開き、虚ろな視線で天井を見つめていた。

「クーラー、点けてないのか?」

「お父さんが点けさせてくんねぇ……」

 夕方になり秋の涼しさを感じさせ始めてはいたが、かなり蒸し暑い。ふだんから冷房をあまり使わない俺は慣れているが、そうでない母には堪えるだろう。

 いくら「クーラーの適正利用を」といわれても、父のように我慢大会を始めてしまう人はいる。そして、母のように巻き込まれてしまう人も。

「うー、あー、暑い……。死んでしまう……」

 うめき声を上げている母を無視して、俺は台所へと向かう。ガスコンロの上には圧力鍋が乗っていて、蓋にはおたまが添えてあった。

「カレーか?」

 期待を込めて蓋を取ってみると、鍋の中には予想外の料理が作ってあった。

「まあ、たまにはいいかな」

 俺はおたまでスープ皿によそり、パセリをふりかけると、食パンをトースターに入れて焼いた。

「あーっ、暑い! イライラする! もうクーラー点けます! 扇風機回します!」

 グロッキー状態だった母が、弾かれたように動き出した。冷たい風が部屋中に流れる。五分もすると、かなり涼しく快適になった。


 黙々と食べながら、俺はずっと考えていた。

 じゃあ、なんでシチューにしたの?

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