アボカド
母は味噌汁が好きだ。
もしかしたら、味噌汁に対して、“毎日作らなくてはいけないもの”、“毎日飲まなくてはいけないもの”という、時代錯誤な強迫観念を持っているのかも知れない。
かといって、いつも同じ味噌汁では、飽きもするのだろう。そんなとき、母は新作味噌汁に走る。
「味噌汁あるよ」
母がこう言うときは、たいてい味噌汁に何かあるときだ。余った野菜を詰め込んだのか、大根おろしでも入れたのか。それとも、だしを変えてみたのか。いずれにしても、俺が喜ぶことでないことはたしかだ。
「断る」
俺はきっぱりと拒絶の意を示す。嫌な予感しかしない。
「いいから」
母は含み笑いで、味噌汁を飲むよう促す。
観念した俺は、恐る恐る味噌汁の入った鍋の蓋を取ってみる。すると、そこには、輪切りにされた薄緑色の物体が浮かんでいた。
「ナス? いや、これはまさか――」
「アボカドを入れてみますた」
俺はそっと鍋の蓋を戻した。味噌汁にアボカドなんて、正気の沙汰じゃない。
「テレビでやってますた! 美味しいって言ってますた!」
「でも……」
「いいから、食べてみーよ」
俺は、大人になってからアボカドを食べた人間だ。はじめて食べたときの感想は、“甘くない甘柿”だ。
だが、アボカドを味噌汁に入れたらどんな味がするのか。俺にはまったく想像できなかった。案外、うまいのか?
「喰ってみ。いいから、喰ってみ」
母の後押しを受けて、俺はアボカドの味噌汁を椀によそる。
俺は椅子に座り、アボカドを一切れつまんで口に運んだ。やわらかい食感が、口の中に広がる。この味は――
「どう?」
「なんか……、カブトムシみたいな味がする」
「なぁ?」
なぁ、じゃねえよ。
さきほどから母が味噌汁に一切手をつけていないことに、俺はこのときになって気がついた。母は自分だけ不味い物を食べたのが癪だったから、俺を道連れにしたのだ。
このあと、母はアボカド入りの味噌汁を流しに捨てた。
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