二人会
佐藤ムニエル
1-1
スピーカーから流れる出囃子と共に、舞台へ出る。高座へ上がる。少なくとも、俺の耳に届く拍手はない。
「えー、毎度のお運び、ありがとうございます。ここからしばし、お耳を拝借」
客席は暗くて見えない。そう大した人数はいないだろう。どちらにせよ、空席の方が多いはずだ。
照明がやけに眩しい。酒でぼやけた意識のせいか。
闇に向かって俺は続ける。
「人間というのは案外、満たされたると駄目なんでございます。足りないものを手に入れようとするから頑張れる。学がないから一生懸命勉強をする。いい着物を着たいからしこたま働く。落語だって、下手だから必死に稽古するんでございまして。これがなまじ上手かったら、噺の一つも覚えやしません」
何の反応もない。いつものことだ。
「足りないものといったら、いつの時代のどこの誰にとっても一番に挙げられるのは金でしょう。余って余って仕方がないなんて人に、私は会ったことがない。まあ、六本木あたりに行けば石を投げても当たるんでしょうが」
無反応。穴に向けて喋ってるみてえだ。クソ。
「ここにも、金が足らないから嫌々でも働かなきゃならない男がおります。ええ、私のように。名前は、えー……」
ヤベえ。
酒入れすぎたかな。
「半公といたしましょう。私と同じ。へへへ」
誰も笑わない。俺だって笑わない。
ところで。
俺は何の噺をするつもりだったんだっけか?
辺りはシンと静まりかえっている。本当に誰もいないのかもしれない。
だが、目が慣れてくるにつれ、ポツポツと人影が浮かんでくる。どの頭も傾いていて、こちらの噺を聞いている様子はない。
退屈そうな眼。
眼、眼、眼。
何も期待していないような、ゴミでも見るような。
俺は口を〈お〉の字にする。そうしたところで、次の句を継げるわけでもない。
代わりに吐き気がこみ上げてくる。口を塞ぎ、押さえ込もうと自分の腹相手に格闘する。
どうにか吐き気を組み伏せると、もう噺どころの話じゃない。胃の中のものが出ないよう気をつけながら、喉の奥から言葉を絞り出す。
「……勉強してまいります」
ハハハ、とさげすむような笑いが起こる。本日得た、唯一の笑い。
転がるように高座を降り、袖へ飛び込む。
「
「どけ」
クソが。
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