僕らの場合

城間盛平

僕らの事情

夜空に星が瞬いていた。四宮銀河しのみやぎんがは学生寮の屋上にいた。仰向けに寝転んで、星に手を伸ばした。空気が澄んでいて星が掴めそうな気がしたからだ。


「今星を引き寄せようとしたの?」


同じく隣に寝転んでいた東雲昴しののめすばるが声をかけた。


「駄目だよ、そんな大きなモノ、大変な事になっちゃう」


まるで銀河が星を引き寄せる事ができるような口ぶりだ。真面目な昴が珍しく冗談を言うので、銀河は少し笑った。


「昴、昇格審査どうだった?」

「駄目だね、二メートルのテレポートなら問題ないけど、三メートル、四メートルになると、百メートルを全力疾走したみたいに胸が苦しくなっちゃって、次のテレポートが出来なくなっちゃうんだ。間違いなくCランクのままだね。恵太なんか、念動力サイコキネシスで八十キロの物体を持ち上げたって自慢してた。もしかしたらAランクになるかもって。僕ならテレポートで百キロの物体を動かすのなんて簡単なのに。審査基準が違うなんて馬鹿みたい」

「悔しいのか?」


銀河の質問に、昴は少し考えてからゆっくり答える。


「悔しいのとは違うかな?僕は超能力にも性格があるんだと思うんだ。僕が臆病で引っ込み思案な性格だったり、銀河くんが皮肉屋で目立ちたがりだったり」

「おい、皮肉屋は否定しないが、目立ちたがりはないだろう」

「ごめん、話を進めるね。例えばテレポートにしても、僕はテレポートの距離が二メートルと短いけど、五メートル以内の場所にある物体に手を触れずにテレポートさせる事ができる。他のテレポーターは飛距離は長いけど、自分以外の物体をテレポートさせるには手で触れなければいけないとかね。超能力には長所も短所もあるんだと思うんだ。まぁ、ランクをつけるには、数値化して査定しなきゃいけないんだろうけどね。所で銀河くんはどうだったの?」

「聞くなよ、以前と変わらずDランクのままだ」

銀河はDランクの念動力者サイコキノだ。念動力サイコキネシスで紙切れ一枚動かすのにも苦労する。まるで紙切れが鉛のように重いのだ。歩いていって紙切れを拾う方が遥かに簡単だ、実に馬鹿馬鹿しい。


「さぁ、身体が冷えちゃうから帰ろう」


昴は銀河に手を差し出す。掴むと昴の手は温かかった。銀河の目の前の風景が目まぐるしく変わる。階段、真っ暗な廊下、数度のテレポートを繰り返して銀河と昴は二人の部屋に帰りついた。銀河と昴はPSI学校に編入した時、編入試験を受けて、DランクとCランクになった為、あてがわれた部屋は机とベッドを置いたら、もうスペースが無いような小さい部屋だった。だが、銀河も昴もそれに不満を感じる事だは無かった。


「昴ありがとう、屋上に連れて行ってくれて」

「ううん、いつでも言って」


銀河からすれば昴は立派に超能力を使いこなしていると思うのだが、ランクとしては銀河と昴は落ちこぼれなのだ。




銀河は、一代で大企業を築いた『四宮ロジェスティック』の社長の長男として生まれた。銀河は生れながらにして将来が決まっていた、父の跡を継ぎ二代目の社長になる事だ。銀河は小さな頃から、五人の専属家庭教師がついていた。小学校の基本教科、語学、マナー、経済学、帝王学。勉強は毎晩夜遅くまで続いた。友達と遊ぶ事なんて考えた事も無かった。銀河はこれが当たり前だと思っていたし、父の期待に答えたい一心だった。しかし、超能力が発現してしまい、父の関心は弟の大河に移ってしまった。銀河より二つ歳下の弟の大河は、我儘で甘えたな、子供らしい子供だった。兄の銀河が父の跡を継ぐ事が決まっていたから好き勝手が許されていたのだ。銀河が寮生活の為に家を出る時、大河は泣きながら怒っていた。兄さんのせいで僕は遊べなくなったと。母はずっと泣いていた。父は仕事に出ていて家にはいなかった。銀河は父を怨んだ事は無い。寧ろ銀河に教育と資金をかけてくれた事に感謝している。ただ父の期待に応えられなかった事が無念だった。




国立PSI学校は国が運営する超能力者養成の教育機関である、全国に百ヶ所以上ある。小学校、中学校、高校と十二年かけて、超能力が発現した子供たちを社会に適応、貢献できるようにするのだ。現在の日本において、無能力者による犯罪と、超能力者による犯罪とでは、罪の重さが雲泥の差なのだ。生徒はAランクからDランクまでランク付けされ、ランクによって待遇が大きく変わる。学生が居住する学生寮の部屋はAランクは大きく、冷暖房が完備され、トイレと風呂は独立している。ランクが下がると、部屋は狭く、ユニットバスになる。衣食住は全て保証され、月々に学生に生活資金として金銭も支給される。その額にもランクによって変化する。その為学生たちはAランクになれるよう超能力を磨くのだ。Aランクの上にはSランクがある。Sランクの者はごく少数で、超能力者たちにとっての最終目標になる。SランクとAランクは国のお墨付きを得て、PSI学校を卒業後は国の機関で働く事ができる。しかしAランク以下の学生は卒業後、何の後ろ盾も無く社会に放り出されるのだ。学生たちはPSI学校に入学した時からAランクを目指す。例え他人の足を引っ張っても、他人を蹴落としても。




「よう銀姫、次の授業俺当たるんだよ。お前のノート貸してくれよ」


銀河と昴が教室で次の授業の準備をしていると、クラスのイジメっ子、関根恵太が銀河に声をかけた。恵太は念動力者サイコキノのBランクだ。五年生にしては身体が大きく、いつもランクの低い生徒をいじめていた。銀河と昴はランクが低い為いつも恵太に念動力サイコキネシスで物をぶつけられているのだ。銀河においてはクラスでただ一人のDランクの為恵太のいじめは執拗だった。いつも銀姫と言って小馬鹿にしていた。しかし銀河は恵太の挑発には一切反応しないので、恵太は更に銀河に怒りを覚えるのだ。恵太が超能力を発動させる。銀河のノートがふわりと浮いて、恵太の手に収まる。すかさず昴がテレポートで、銀河のノートを取り戻す。


「恵太、汚い手で銀河くんの物に触るな」


恵太と昴が睨み合う。銀河は鷹揚に昴を制する。


「仕方ないさ昴、恵太は算数が苦手なんだ。今日の授業でまた答えられなかったら、雅先生の天井張り付けの罰が待っているからな。そうだ、雅先生にお願いして、恵太だけもう一度一年生から勉強をやり直したらどうだ?」


教室の中からクスクスと笑い声が聞こえる。恵太の顔がサァッと赤黒くなる。机や椅子が宙に浮きだす、恵太が超能力を発動させたのだ。他のクラスメートは、またかと諦めのため息をつきながら、巻き込まれないように、三人から距離を取る。昴はいつものように恵太の持ち上げた机や椅子をテレポートさせようとする。しかし、いつもと違う事が起こった。クラスメートの森山好美もりやまこのみが空中に浮いているのだ。好美はCランクのテレパスで、おっとりした小柄な女の子だ。昴は予想外の出来事に頭が混乱して思考がまとまらなかった。恵太は何故好美を持ち上げたのだろう?間違えたのか?いくら恵太でも女の子を危険な目に合わせはしないだろう。昴が迷って次の行動に移れないでいると、銀河の鋭い声が耳に飛び込んだ。


「昴!好美だ!!」


昴は銀河の声にハッとする。空中に浮いていた好美の身体が浮力を失い、落下を始める。昴は二回のテレポートで無事に好美を抱きとめる事に成功した。そんな昴と好美の前に、二人を守るように銀河が立ち塞がる。そこで初めて昴は恵太の思惑に気づいた。恵太が狙っていたのは昴の超能力を発動するタイムラグだ。昴が次のテレポートを発動させるまで約一秒、好美を助けた今、直ぐにテレポートする事が出来ない。銀河は一瞬で恵太の思惑を悟り、好美の救出を最優先し、そして自らを盾にして昴と好美を守ろうとしているのだ。させるか、昴は怒りで身体がカァッと熱くなるのを感じた。昴は好美と銀河と共にテレポートし、銀河に当たるはずだった椅子を回避する事に成功した。椅子は壁に当たり大破した。昴の肺が急速に酸素を求め、激しくむせる。恵太の次の攻撃が来る前に早くテレポートをしなければ。恵太はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら昴たちを見ていた。


「お前たち何をしている!」


突然、一人の女性が教室に入って来た。銀河たちの担任、日野雅ひのみやびだ。彼女はAランクの念動力者サイコキノである。雅が恵太に向けて軽く手を振る、恵太は物凄い速さで浮き上がり、教室の天井に張り付けになった。


「降ろせ!クソババア!!」

「好美を危険な目に合わせた事を反省しろ」


雅は恵太の暴言に眉ひとつ動かさず、机や椅子がひっくり返って滅茶苦茶になった教室を一べつすると、また手を一振りする。するとあっという間に机や椅子は元の場所に整頓される。これがAランクの実力だ。


「昴、好美を」


雅は昴たちの元にひざまずくと、好美に手を伸ばす。好美は雅の顔を見て、緊張の糸が切れたのか、大声を上げて泣き出した。雅は好美を優しく抱き上げる。


「好美を保健室に連れて行く。残りの者は自習」


雅はそれだけ言うと教室を後にした。天井に張り付けられたままの恵太はクラスの笑い者になっていた。




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