第28話 地下十六階の戦い・前編

 アーデガルド達の地下十六階の探索は、特に大きな危険もなく進んでいく。


 そもそも、アーデガルド達の実力はかなり高い。シオンが加入していなくても、すでに地下十六階を攻略していてもおかしくはない実力はもっていた。アーデガルドの慎重な性格がそうさせていただけではない。ヒバリの地図化マッピングにかける情熱が強すぎたというだけでもない。


 全員が攻略自体を目的としていなかった事が大きかったが、『金の鍵』をはじめとする、鍵となるアイテムを入手できない事が多かった事が大きいだろう。


 運の悪いアーデガルドという言葉が、密かにささやかれるほどに。


 だが、原因は他にある――。そして、ゴルドンがこの探索集団パーティで重要な役割を持っている事実と共に。


 各地を旅し、その実力は折り紙付きであるゴルドン。だが、そうした旅の反動か、今の彼は何故か致命的なまでに家から外に出ることを拒むようになっていた。


 事実、アーデガルド達は何度かそれで探索自体をあきらめた事もあったほどに――。


 そもそも、ゴルドンはアーデガルド達の探索集団パーティの一員ではない。単なる助っ人として登録されている彼は、本人の了承なくメアリにそうされていた。


 以前いた重戦士が引退したために、急遽メアリに参加させられたという経緯を持つゴルドン。メアリにすれば『正式な人が決まるまでの繋ぎで参加させた』に過ぎないのだが、ゴルドンが加入してからのち、アーデガルドが新規探索集団員パーティメンバーを見つけようとはしなかった。


 そのため、メアリが心を尽くすことになる。『ゴルドンがダンジョンに来る』ことに。

 

 だが、家から出すにも一苦労するゴルドン。そんな彼をダンジョンまで連れ出すことは並大抵のことではないだろう。


 その都度、あの手この手で挑むメアリ。ただ、そんな彼女も心が折れることもあって、その時はゴルドン抜きで低層階を回ることになっていた。


 そんなゴルドンが、あの日以来変わっていた。


 メアリにすれば、結婚する以前の彼を目にしていると思っているのかもしれない。だが、アーデガルド達は違っている。その変貌に目を見開くほどに、ゴルドンは積極的になっていた。


 それでも、戦闘以外ではほとんど話さない事はこれまでと同じ。だが、いざ戦闘になれば話は違う。まるで誰かが憑りついたと思えるど、ゴルドンは積極的に行動していた。


 この地下十六階の階層主フロアボス戦では、特にそれが顕著だった。


「アーデを回復! 俺はまだいい! アオイ! ステリ! 火力を集中して一気に押し込め!」


 地下十六階の階層主フロアボス。金色と銀色の角を持つ二頭の褐色の牛頭鬼。

 魔法でしか傷つかない金色のそれとすべての魔法を遮断する銀色のそれが、互いに連携して扉を守る。


 しかも、その部屋は通路のような構造をしており、二頭の牛頭鬼の隙をついて、その後ろに簡単に回り込めるほど、牛頭鬼は甘くなく、部屋の横幅が窮屈に感じる程、その姿は巨大だった。ただ、この部屋の天井の高さは目を見張るものがある。それは、この階層主フロアボスの体格――およそ成人した人間の男にして三人分に相当する身長――に合わせて高く作られているとしても、どう考えてもそれ以上の理由がある高さの天井だった。


 そう、翼のもつ怪物モンスターが、悠々とその翼を羽ばたかせることが出来るほどに。


 そもそも、この階層は他の深部階層――他のダンジョンに比べると、どの階層も天井は高いのだが――に比べて、天井がかなり高くなっていた。浮遊系の怪物モンスターも多く出現する。だが、ここだけはさらに高くなっている。この階層自体がかなりの空間をもっているが、この部屋に入ると、他の部分は必要な部分を削っただけという感じを受けるに違いない。


 それだけに、そこにいる階層主フロアボスが、それだけ特別な存在別格の強さだと言えるだろう。


 さらに厄介なことに、二頭の牛頭鬼は戦う相手に対して異様なほどの連携を見せる。


 もともと、このダンジョンに挑む探索集団パーティは、通常戦士系を中心とする探索集団パーティを編成する傾向にある。だから、普通は物理攻撃を受け付けない金色の牛頭鬼が前に出ている。そして、魔法による攻撃を阻止するために、後ろから銀色の牛頭鬼が岩を放り投げてくるのだった。


 互いに武器は巨大な斧槍ハルバード。だが、二頭の牛頭鬼が前列後列に分かれることで、弱点をカバーする戦い方をしてくる。


 だが、シオンから事前にその情報を得ていたアーデガルド達。


 戦うよりも前に頭に入れたその部屋の情報。同時に叩き込んだその分断作戦。それを可能にした探索集団パーティの構成。それは、自分たちの持ち味をふんだんに生かした戦闘法といえるだろう。


 すなわちいったん魔法による攻撃を集中して金色の牛頭鬼を下がらせた瞬間、アーデガルドとゴルドンがそれぞれ盾となって両者を分断し、引き付ける。その間すかさず、ステリとアオイの二人が銀色の牛頭鬼を攻撃し、シオンが召喚獣と共に金色の牛頭鬼を攻撃する戦法。


 それがシオンが伝えた二面作戦。


 誰もが無茶だと考えたそれは、かなり有利な状況で戦いを進めることになっていた。連携することで互いの弱点をカバーする二頭の牛頭鬼。だが、それぞれが敵をもち、その相手をしていては、その連携は生まれない。


 もちろん、それらを可能にしたのは、全員の実力と連携があったからに違いない。でも、それは『仲間の実力を正確に組み込んだ』シオンの作戦と情報があったからといえるだろう。


 その成果を肌で感じるアオイは、戦いの中で興奮するのを抑えられずにいた。


「ホンマすごい! すごすぎるわ! シオン君! もう、惚れ惚れや! いや、元から惚れとるけど! 今すぐ抱きつきたいわ!」

「口はいい。手を動かす。それはシオンの邪魔にしかならない」


 意気揚々と銀色の牛頭鬼を切り刻みながら、アオイは視界の端にいるシオンに声援を送る。その声援を窘めるステリもまた、尊敬のまなざしで視界の端にシオンを入れる。


 ただ、シオンはあくまでもシオンである。その声を聞いていないわけではないだろうが、シオンはそれに反応することはなかった。


 いや、反応する方が難しいだろう。

 シオンはほぼ一人で金色の牛頭鬼を抑え込んでいるのだから。


「アオイ! よそ見しないで! これを向こうに行かせたら、せっかく分断したことが台無しになる!」

「わかってるって! しっかし、コイツめっちゃしぶといな! 想像以上や! アホちゃうか!」

「再生しすぎ。キモイ」


 すかさず飛ぶアーデガルドの叱咤の声に、すかさず切り刻むアオイの刃。そこにステリの斬撃も加わって、銀色の牛頭鬼は苦痛に顔を歪ませている。


 だが、これまで幾度も苦悶の声を上げているものの、銀色の牛頭鬼はまだまだ健全さを持っていることを示すように、その都度再生を繰り返す。


 だが、明らかにその勢いは減っている。それは誰の目にも明らかなほどに。


 今も再生したばかりの左腕を切り落としたアオイ。

 さらに、正確に反対側の足の筋を刻んだステリの斬撃。


 これまでなら左腕の再生と足の傷が同時に癒えていたものが、今は左腕の再生がまだ完了せず、体勢を崩して膝をついていた。


「もう少し! いけるよ!」


 ただ、それがアーデガルドの油断だったのかもしれない。それまで、ゴルドンと共に互いに連携しながら、分散してその注意を引き付けていたアーデガルド。たった今金色の牛頭鬼を挑発した後、ゴルドンがそれをアーデガルドから自分に引き戻す前に、銀色の牛頭鬼に顔を向けていたのだから。


 その瞬間、銀色の牛頭鬼の斜め後ろにいた金色の牛頭鬼が投げた巨大な斧槍ハルバードが、銀色の牛頭鬼に注意を向けたアーデガルドの真横に襲い掛かる。


「アーデ!」


 ゴルドンの言葉を瞬時に理解したアーデガルドは、前面に出していた盾を左の方に向けていた。だが、とっさの事で起こした行動は、アーデガルドにかなりの負荷を背負わす結果になってしまう。


 しかも、それは不完全な体勢。それでは盾本来の機能を発揮できない。


 さらに、巨大な斧はその重量だけでも破壊的なことは言うまでもない。当然、体勢を崩したアーデガルドでは、いなすことも支え切ることもできずにいた。


 その勢いを十分に殺せぬまま、吹き飛ばされるアーデガルド。


 しかも、その無防備に倒れたその体は、銀色の牛頭鬼の攻撃範囲の内側。その好機を銀色の牛頭鬼が逃すはずもなく、その目はしっかりとアーデガルドを捉えている。


 銀色の牛頭鬼の重い一撃が、倒れたアーデガルドに襲い掛かる。

 誰もが想像したそれとは違う金属があげる悲鳴に続き、地面が苦痛の叫びをあげていた。


 もうもうと立ち込める土煙が、その出来事を覆い隠す。

 ただ、その中でも輝きを見せる治癒の光が、彼女たちの存在を明らかにしていた。


「嬢ちゃん! メアリ! ――坊主!」

「ああ、気にするな。なんとかする。行け」


 たったそれだけのやり取りで、シオンから離れて銀色の牛頭鬼を挑発するゴルドン。もう一度、寸でのところで攻撃の軌道を逸らせたメアリ。巧みな技能で、その重い一撃をアーデガルドからそらしていた。


 もう一度銀色の牛頭鬼を挑発したゴルドンの行動は、アーデガルドを回復させるまでの時間を稼ぐためのものと共に、アーデガルドの役割を引き継ぐことを示していた。


 ただ、幸いなことに、銀色の牛頭鬼はそれ以上攻撃をしてこなかった。いや、出来なかったという方が正しいだろう。

 

 まだ再生が追い付いていない銀色の牛頭鬼は、ちらりとアーデガルドに顔を向けたものの、それ以上の追撃をできずにいた。


 その間に、メアリはアーデガルドを引きずって安全圏に離脱する。


 だが、そのことは『シオンが一人で金色の牛頭鬼を相手にする』ことを意味している。


「無茶や! 無茶やで!」


 アオイの叫びはおそらくその場にいる全員の気持ちだろう。彼には優れた召喚獣がいるとはいえ、それはかなり無謀なことに違いない。


 それどころか命取りになる危険性が最も高い。呪文を詠唱中の魔術師ほど、恰好な的であるのは言うまでもない。


 そんなことは、ダンジョン探索者ヴィジターなら誰でもわかる初歩的な事。


 まして、召喚獣を切り替えたばかりの今は、金色の牛頭鬼の前にはシオンしかいなかった。その状況を生み出したゴルドンに、アオイは激情をあらわにする。


「ゴルドン! アホ! 何考えてんねん! こっちは大丈夫や! ウチが何とか出来る! やって見せる!」


 アオイの叫びとほぼ同時に、金色の牛頭鬼がシオンめがけて突進していく。その前には、詠唱時の無防備な姿をさらしているシオンがいた。


「シオン君!」


 アオイの悲壮なその叫びと共に響く轟音。石壁にめり込む勢いでぶち当たった金色の牛頭鬼とその雄叫び。


 ボロボロと衝突したところ以外の石壁が崩れ落ちる様は、いかにその衝撃がすさまじいものだったのかを雄弁に物語る。


 崩れ落ちるダンジョンの壁と、勝ち誇る金色の牛頭鬼の雄叫び。

 立ち込める土煙の中で、ゆっくりと巨大な影が立ち上がる。


 さらに崩れ落ちる石壁の音。

 なおも続く雄叫び。


 アオイが見るその光景は、シオンを壁に衝突させた後の金色の牛頭鬼が勝利を確信している姿として描かれている事だろう。


「シオン君……」


 ゴルドンが銀色の牛頭鬼を相手にしているにもかかわらず、アオイはただただ呆然とその光景を眺めていたのだから――。

 

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