第26話 疑惑

 いつものように地下四階の戦闘を終え、昇降機エレベーターを操作するシオン。もはや彼がそれをするのが当たり前だというように、それぞれがそれぞれの準備を始めている。


「シオン、今日はなぜ邪魔しなかった?」


 ウケツケージョウから戦利品を手にしたステリが、不思議そうな顔をシオンに向ける。地下十五階までの昇降機エレベーターを操作していたシオンもまた、その声に怪訝な表情を浮かべていた。


「邪魔してほしかったのか?」

「違う。でも、邪魔する時は、決まって戦利品。さっきはこれ赤い戦利品だった。何故?」


 自分が持つ赤い装飾品を見せながら、ステリはシオンに詰め寄っていく。


「ホンマや!? なんでなん?」


 シオンの傍らにいたアオイも、その事に興味がわいたようだった。


「教えて。最初から分かってる? 見た目?」

「見た目? それって好みなん? ウチもそれ気になるわ。なぁ、シオン君?」


 二人に詰め寄られる形となったシオン。思わず退きそうになるも、そこは操作盤のある場所だけに退けない。二人の気迫も並々ならぬものであり、シオンは小さな息を吐いていた。


「前にも言ったが……。逃げるのと最後まで戦うのがいるのは話したはずだ。途中で逃げ腰になるか、そうでないかの違いだ。呪文も使える数に限りがある。逃げる相手にわざわざ改良呪文を試す必要はない――」

「――嘘。わたし知ってる。観察してた。最初に魔法使う。その時は最後まで戦うウケツケージョウ」

「そうなんや……。でも、違いなぁ……。あんまり気にしてへんかった……、けど……、なぁ……」


 シオンの言葉を途中で遮り、ステリはそれまで抱いていた事を話す。その事に思う事があったのだろう。何か思いついたアオイは、いきなりシオンにしがみついて訴えてきた。


「シオン君!? やっぱり……、やっぱり、シオン君も男なん⁉」

「――? 何当たり前・・・・のことを聞いている?」


 涙を湛えたアオイの瞳に、困惑するシオンの姿が映っている。見つめあっているものの、かみ合っていないアオイとシオン。それでもアオイはその言葉当り前を聞いて、あの男マックとその言葉を思い出していた。


「なんでなん? なんで? 他にあるやん! そこしかないん!?」

「何をわけのわからない事を? それ以外に何がある? いや、あるのか? 人間には?」


 しがみついて離れないアオイの剣幕に押されながら、シオンは軽い混乱の中を漂っていた。アオイの態度と自分の理解。その齟齬について考えるよりも前に、現実が次々とシオンに襲い掛かっていく。


「あるよ! ある! あるに決まってるやん! なんでなん!? シオン君まで……」


 顔を伏せ、軽く体を震わすアオイ。その態度に、ますます混乱の度合いを深めるシオン。


 二人の間にある場違いな雰囲気を、取り残されたステリは無機質な目で見続けていた。


「――わかった。わかったで、ウチ! こうなったら、ウチが証明したる!」


 そう鼻息荒く宣言し、顔を上げたアオイ。その挑戦的な目を受けて、シオンは押し切られるようにただ頷く。


 それを見て、晴れやかな笑みを浮かべるアオイ。決意を新たにした彼女は、それでようやくシオンを開放していた。


 ただ、シオン本人はまだアオイの決意を理解した様子はない。だが、ほっとした表情をみせたシオンだったが、次の瞬間にはいつもの無表情に戻っている。ただ、訳も分からず振り回された彼の顔には、疲労の色が少し見えていた。


 だが、彼の受難はそれで終わらない。憮然とした表情で、再びシオンに詰め寄るステリ。


「話。終わってない。はっきり言って、アオイの話はどうでもいい」

「それ、ひどいんちゃう!?」


 仁王立ちに近い形でシオンの前に立つステリ。だが、それ以上話を進める事を拒むように、昇降機エレベーターがその到着の知らせを告げていた。





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