第二章 生者の時間
第17話 悲しみの先に
デーイキー・ンムダの酒場の奥にあるいつもの場所。そこにアーデガルド達が合流して、もうかなりの時間が過ぎていた。
六人掛けの丸いテーブルに、ポツンと開いたその席。
そこにいつも座る人物は、それほどよく話す方ではなかったけど、話始めると止まらない性質の持ち主だった。特に、『このダンジョンの事を調べるために定住した学者の家系』だけあって、彼女の
復活したヒバリが帰ってきた時に、彼女がすぐ食べられるように――。
だが、用意していたそれらは、まったく別の意味になってしまっている。ぽっかりと開いたその場所とそこに集ううつむいた人達。周りの喧騒とかけ離れたその雰囲気は、そこを一層際立たせていた。
そう、誰もが無言で俯いているその場所は、すべてを飲み込む闇のようになっていた。まるで、時間さえも飲み込んでしまうかのように。
当然、誰もその場所には近寄らない。時折店の給仕がやってきて、あらかじめ注文されていた酒や食べ物を置いていくだけ。だが、そのどれも手付かずな状態のまま放置され続けている。
それがどういうことなのかわかるのだろう、その場所にある空の杯に、いつしか特別な酒が注がれていた。
そして、無言の時間は過ぎていく。
周囲から切り離された空間が、このままどこかへと転移してしまうかのように、周りとの間に生じた見えない壁が、彼女たちの周囲を覆っていた。
だが、それも終わりを告げる。その場所に、銀色の髪の少年がやってきた事で。
***
「ここだったのか」
その声に、誰も顔を上げることはしなかった。そのままシオンが飲み込まれてしまうように思えたほど、そこにはまとわりつく何かがあった。
ただ、シオンはその雰囲気を全く顧みず、開いている席に腰を下ろす。
「邪魔」
だたその言葉だけで人が殺せそうなほどの殺気が、座ったシオンのすぐ隣から発せられる。赤頭巾の奥からは、鈍い光の瞳がシオンを確実に射抜いている。
「それは向ける相手が違んじゃないか? それより、ここには他に席がないから仕方がない。お前らの恩人である俺に、座る場所がないのは人としてどうなんだ?」
全く悪びれた様子もなく、シオンは置かれていた杯を掲げて目を瞑る。ほんの少しの間そうしたのち、そのまま一気に飲み干していた。その様子に、それまで黙っていたアオイも、まっすぐシオンを見据えていた。
「あんな、シオン君……。今日のところは帰ってんか? わかるやろ? 見た目と違って、アンタ子供やないんやし……」
丁寧に告げたアオイの言葉。それは何人たりとも有無を言わさぬという口調。それに他の視線も加わって、その中心にシオンはいた。
「――いや、わかんないね」
短くまとめたその言葉で、シオンはいったん言葉を切っていた。ただ、そのあとの言葉を語らず目を瞑り、小さな息を吐いていた。当然のように、シオンはアーデガルド達の視線を集め始めている。
「ここに座ってた人間を俺は知らない。そいつはお前らの大切な仲間だったんだろう? でも、お前らのそんな姿をそいつは望んでたのか? それに、お前たちはここでウジウジしているだけでいいのか? 『悲しんでます』ってのは、そうやって人に見せつけるものなのか?」
空になった杯を眺め、シオンはいったん言葉を切る。
「俺は違う。当然、俺は仇を討つ。俺とお前らの相手とは違うが、お前たちの仇である
シオンはまたそこでいったん話を切り、再び全員の様子をうかがっていた。
「ただ、プライドの高いあいつのことだ。完全に復活すれば、何もかも忘れて、俺に復讐するために出てくるだろう。だから、俺の
その言葉と共に、テーブルの中央に報酬の袋を置くシオン。ずっしりとしたその重みが、テーブルに置かれている杯の表面を波立たせる。
ただ、シオンの言葉を聞いても、その場で言葉を発した者はいなかった。三者三様の態度の中、シオンはただその全てを見据えて黙っている。だが、それ以上グダグダと話をするつもりはなかったのだろう。もう一度無言で一同を見回した後、シオンはその言葉で締めくくる。
「明日までは待つ。だが、俺もお前たちもこうして生きている。生きている以上、明日が来る。明日何をするか考えることができるのは、今生きているからだ。その事を忘れるな」
それだけ言って立ち去ろうとしたシオン。だが、一言付け加えるように振り返っていた。
「そこのノームの司祭。お前には俺の装備を無くした責任がある。俺はまだ、『転移の雲』を使えたからな。あと、そこの聖騎士。お前にも俺をゲストにいれた責任があるのを忘れるな。そして、消失したお前たちの仲間にも。いや、違うな……。俺があの場所に飛ばなければ、お前ら全員あの場で死んでいた。閉ざされた空間で。だが、お前たちはこうして生きている。それは、この俺に借りがあるということだ。だから、ちゃんと返せ。もう一度言う。俺にはお前たちが必要だ」
踵を返して、足早に立ち去るシオン。酒場にいる者達の様々な視線をその小さな背に受けて去っていくのを、アオイはただ見守っていた。
そして、アオイはその事に気づく。その理由は様々であると言えど――。
――もう誰も、俯いていないということを。
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