第16話 招かれざる訪問者

 パチンッと懐中時計を閉じると、執務室でレオポルド様とグリーゼルがいる前に、ちょうどヒュルルッと風が巻き起こった。

 バシッと防御魔法で受け、また魔法を貼り直す。


「大丈夫?……ごめんね。君にこんな事させて……」


「いいえ、トールキンさんは来客中ですし、これもわたくしのお役目ですから。」


 努めて明るく言ったつもりだが、レオポルド様の気は収まらないらしい。


「呪いを解呪するのはお願いしたけど、これは君の役目じゃないよ。本来ならグリーゼルにこんな事はさせたくない……。」


「わたくしが勝手にやっていることですから。」


 何度目かも分からないやりとりをしていると、扉の向こうからトールキンの声がする。


「……お待ちください!きちんとご案内いたしますから、応接間で……」


「何度も来てるから、案内など不要だ。」


 そう言って無遠慮に扉を開いたのは、見覚えのある美しい金髪の青年だった。


「……エルガー殿下……」


 エルガー殿下と私はお互いにその姿に目を見開く。

 会うのはあの婚約破棄以来だった。

 不意打ちにその姿が目に映り、あのパーティーで指を刺されて婚約破棄されたことが脳裏に浮かぶ。

 喉に嫌な感覚が浮かんできて、息ができない。


「なぜ、お前がここに……?」


「グリーゼルは僕の呪いの調査と、魔道具の開発で、うちの城にお招きしてるんだよ。」


 固まる私たちを尻目に淡々と説明してくださる。

 その様子にエルガー殿下は一旦納得したように、そうかとだけ呟くように返した。

 気を取り直したエルガー殿下は後ろの人物を手振りで部屋に招き入れる。

 その女性に私は目眩を覚えた。ヒロインであるあのナーシャ・ペイジ男爵令嬢だったからだ。


「初めまして。レオポルド殿下。」


「兄上のことを話したら、ナーシャが兄上をお助けしたい、と言い出してね。」


 ……ん??殿下?あにうえ……?

 エルガー殿下の兄上ってことは……つまり王子。


「エルガー殿下のお兄様だったのですか!?」


 バッと振り返ってレオポルド様を見ると、苦笑いで頬を掻いていた。完全に嘘がバレた時の顔だ。

 いや嘘はつかれていないかもしれない。王族であることを言ってないだけで……。


「……実はそうなんだ。僕はエルガーの兄で、この国の第一王子だよ。」


 レオポルド様は開き直ったようににっこり笑顔で認める。

 そういえば家を出るときにお父様が「爵位は上だと思ってお仕えしなさい」とか言っていたわね。うっすら残る記憶を思い出して、今更納得する。辺境伯ではなく、王族であれば確かに格上だ。むしろ不敬は許されない。

 まだ婚約破棄される前……エルガー殿下にお兄様がいらっしゃることは伺っていたけど、王位継承権をなくしているとか、療養中とかでほとんど詳しく聞いたことはなかった。……というか聞ける雰囲気じゃなかった。呪いで魔力が暴走して辺境伯領でこっそり暮らしてるとか、確かに言えない。

 それでもレオポルド様がまさかその人とは……。


「……そうだったんですのね。これまでの不敬をお許しください、殿下。」


「やめてくれ、グリーゼル。君に殿下なんて呼ばれたくない。今まで通りで頼むよ。」


 レオポルド殿下と呼ばれた瞬間ギョッとして、手を振って拒否する。そこまで嫌なのかしら……。

 そこにエルガー殿下のため息が割って入る。


「そろそろこちらの話をしてもいいか?」


「ああ、すまない。」


「先ほども言ったが、ナーシャが兄上の力になりたいと言うから連れてきたんだ。」


 にっこり可愛らしい笑顔のナーシャ嬢が一歩前に進み、口を開く。


「レオポルド殿下の領地では、食料不足でお困りと伺いました。ですからエルガー殿下にお願いして、食料を調達して参りましたのっ。」


 金髪を儚げに揺らし、にっこり笑ってそう言った。

 さすがはヒロイン。慈悲の心も、行動力も、そして可愛さまで最上級だ。


「……あと兄上には、陛下からこれも。」


 懐から蝋で封書された手紙を差し出す。

 それを受け取り、中身を見るとレオポルド様は考え込むように少し眉間に皺を寄せた。


「食料問題を解決せよ、と書かれているね。陛下に聞いてきたのかい?」


 エルガー殿下は得意げに頷いた。


「ああ。慈悲深いナーシャの申し出だ。日持ちするものを中心に持ってきたから、ありがたく受け取ってくれ。」


 確かに先日フーワを作る時にも、トールキンが食料不足だと言っていた。

 しかしまだ眉間に皺を寄せてレオポルド様は何か考えている様子で、陛下からの手紙に目を落としたままだった。

 暫くしてトールキンを呼んで指示を出すと、かしこまりました、とトールキンが執務室を後にする。


「ナーシャ嬢、わざわざこんな辺境までご足労いただき、ありがとう。旅の疲れもあるでしょう。今日はゆっくりしてください。」


 持ってきた食料ではなく、来てくれたことに礼を言い、丁重におもてなしした。

 そのあとすぐにアデライドが来て、ナーシャ嬢を客室へと案内すべく、執務室を出て行く。

 出て行く時、ナーシャ嬢が何か言おうとレオポルド様の方をチラッと見たが、促されるまま笑顔で礼を言って出て行った。

 部屋にはレオポルド様とエルガー殿下と私が残っている。少し気まずい空気が流れた後、エルガー殿下が私を促す。


「俺は兄上と話がある。席を外してくれないか。」


 エルガー殿下にギロッと睨まれ、恐ろしさから手に冷や汗が滲む。


「はい。失礼いたします。」


 丁寧に一礼して、早足で執務室を出る。そして出来るだけ静かに扉を閉めた。

 婚約破棄前から続く、エルガー殿下からの嫌悪感を真っ向から浴びてしまい、手が震え出す。

 それをグッと握り潰し、逃げるようにその場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る