第12話 触れるほど近い距離

「もう呪いが解呪できるのかい!?」


 嬉しそうに身を乗り出して聞いてくるレオポルド様に、私は両手を左右に振って否定する。


「そうは言っていません。呪いの発動の間隔が30分と分かれば、それを伸ばすことはできるかもしれないと申し上げただけです。」


 それでも天井を仰いで喜び、無邪気に笑う。

 なんだか最初より大分感情が表に出るようになったような気がする。

 私に打ち解けてくださっているのだろうか?


「充分だよ!これで人を傷つけるリスクが減るよ!」


「ただそれにはどこにどのような呪いの呪文があるのか、分からなければいけません。」


「グリーゼル嬢は前に呪いの魔力を感知できるって言ってたね。その感知能力で分かったりしないのかい?」


「はい。呪いから発する微かな魔力の残滓は感じ取ることができるのですが、呪文の詳しい形や場所までは分かりません。魔力で体のどこかに刻まれてる筈ですので、触れれば分かるかもしれませんが。……ただレオポルド様の魔力はあまりに多く、普段から溢れ出ていらっしゃいます。そのせいで魔力の流れが乱れて、正確にどこか分からないんです。」


「……それじゃあ触れて確かめてみる?」


 一瞬考え込んでからレオポルド様の言葉で、二人でくっつく図を想像してしまい、言い出した私の方が恥ずかしくなる。男の人の体なんてお父様くらいしか触ったことがないわ!

 分かっている。これは調べるために言ってくれていることで、決してやましい気持ちがあるわけではないことを。

 むしろ顔が赤くなってしまった私の方が、やましい気持ちがあるように見えているかもしれない。

 しかし赤くなった顔はすでにレオポルド様に見られてしまったようで、レオポルド様まで私の様子を見て動揺する。


「すみません!」

「すまないっ」


 二人同時に謝り、苦笑いを浮かべた。

 少し気恥ずかしそうに目を逸らしたが、またこちらを見て話を続ける。


「僕は構わないよ。次の風が出るまでまだ20分ちょっとある。」


 と言って立ち上がり、どうぞ?と言わんばかりに手を広げてくる。


 ここで躊躇っていても呪いが解けるわけじゃない。

 今までは私が解呪してきた呪文は自分でかけたものだったので、呪文の形も場所も分かっていた。

 しかしレオポルド様の呪いは他人がかけた呪い。

 呪いを書き換えるのであれば、呪文を調べるのは絶対に必要だ。


 レオポルド様が止まっていても発動して、しかも時間を制御する呪文をかけるのであれば、心臓の鼓動や、口や肺の呼吸の回数で時間を測る方法などがある。

 どちらにせよ、胸のあたりにかけてある確率が高い。しかし胸に触るなんてハードルが高すぎる!抱き合ってるみたいな図しか想像できない!恥ずかしくてレオポルド様の前に立つことができず、仕方なくレオポルド様の後ろに立つことにした。


「それでは失礼いたします。」


 レオポルド様は若干不満そうな顔をしたが、黙ってされるままにしてくれた。


 10 cm くらい間隔を開けて背中に手を翳して、魔力を感じ取るがやはり分からない。

 レオポルド様の風属性の魔力が溢れて、微かな闇属性の魔力を揺らがせている。

 意を決して、背中にそっと触れてみる。


 トクンットクンッと、心臓の脈打つ感覚が手に伝わる。

 やはり一番多いのは風属性の魔力だ。爽やかに吹き抜けるように流れている。

 それと一緒に身体を隔てて向こう側から、闇属性の魔力を確かに感じる。

 やはり発動間隔は心臓付近に呪文がかけられているようだ。


「レオポルド様、確かに呪術の魔力を感じますが、おそらく心臓付近にかけられています。……その……」


 言い淀んでいると、ん?と覗き込むようにして振り向き、続きを促す。言わなくては……!顔が真っ赤になりながら、なんとか勇気を出して言い切る。


「……その、胸を触っても宜しいですか?」


 少ししてレオポルド様はクルッと身を翻し、こちらを向く。


「どうぞ。」


 とまた少し気恥ずかしそうに微笑んでみせた。

 しかし今度はどこか満足そうな笑みを浮かべているように見える。


「では失礼します。」


 そっと胸に手を当て、魔力に集中する。

 今度は先ほどよりも大きく、ドクンッドクンッと心臓の振動を感じる。

 自分の心臓の音と合わさって、耳鳴りのようだ。

 レオポルド様も緊張しているんだろうか……とチラッと顔を見上げると、ん?と聞き返すような笑顔を向けられる。

 思わずパッと下を向いて、今度こそ魔力に集中する。


 改めて集中した私は風属性の魔力が溢れる中に、確かに呪術の魔力があるのを感じた。

 聴診器を当てるように手を動かして、闇属性の魔力が濃い一点を導き出す。

 ここだ!その一点が分かれば暫く形を探るため、そこに手を当てたまま集中する。

 額から汗が一筋流れる。

 少しずつ闇魔法の残滓を辿って、形を掴んでいく。

 大方分かったところでパッと手を離し、忘れないうちに形をメモする。


「呪文の形が分かりました!……しかしこれは……」


「やったじゃないか!何か問題があるのかい?」


「この呪文が一番外側の呪文であることはよかったんですが、時間を増やすスペースが足りないんです。これでは30分を300分にする程度しかできません。それでは5時間程度にしかなりません。」


「充分だよ。今まで常に呪いに怯えながら、人から遠ざかっていたんだから。」


「いいえ、せめて3,000分にできれば50時間、できれば30,000分にして20日は間隔をあけたいです。」


 こんなものでは済ませませんわ!と目をギラギラさせて主張する。

 ほう、それはすごいな、と圧倒されたような引き笑いに、引かれたかな?と思ったけど、その後嬉しそうに笑って肯いてくれる。


「分かったよ。グリーゼル嬢に任せよう。」


 信頼してくださったことが素直に嬉しい。期待に応えたい。


「……それにしても誰がこんな呪いを……」


 レオポルド様はうーんと考え込むがその答えが分かるわけではない。

 私は思いつく人物を頭に浮かべてみる。

 私に呪術を教えてくださったニクラウス・エッカート先生、エッカート先生のお弟子さんが3人いた筈……。それから……私。


 そこで初めて思い出す。

 レオポルドに呪いをかけた誰かと同じように、自分自身が呪いをかけた立場であることを。


 レオポルド様はこのことを知っているのかしら……。

 いや……知っている筈はない。

 知っていたら私にこんなに優しくできない。

 こんなに近くにもいられない。


 言わなくちゃ……。

 でももし言っておそばにいられなくなったら、誰が呪いを解呪するの?

 まだ言えない。

 あと少しだけ。呪いを解いたら、自分から言おう。

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