第8話 呪いを解くには

 扉をノックする音のあと、トールキンがブラウスの替えと毛布を持ってきてくれる。破けたブラウスだと胸元を隠すのも覚束ないので、本当にありがたい。

 ちなみにレオポルド様の布団は私が下敷きにしてしまっているので、残念ながら使えない。とても申し訳ないけれど、まだ視界がマーブル状に歪んで、起きられそうにない。トールキンが肌けた胸を隠すように毛布をかけてくれる。


「起き上がれるようになりましたら、こちらのブラウスを。」


 とベッドの隣のテーブルの上に、新しいブラウスを置いてくれる。


「ありがとうございます。」


 それから暫くレオポルド様のベッドで眠らせてくれた。恐れ多いが動けないんだから、しょうがない。

 少し眠ったあと、やっと起き上がれることを確認して新しいブラウスに着替える。今まで見ないことにしていたけど、案の定シーツもかけてくれた毛布も、血で汚れていた。侍女としての仕事を自分で増やしてしまったことに、申し訳なさが募る。


 そこにコンコンッとノックの音が鳴る。部屋の前に衛兵がいたようで、私が起きた物音を知らせてくれたらしい。

 はい、と返事をすると、許可を取ってから入ってくれる。レオポルド様のお部屋なので、私が許可するのも変だけれど。


「気分はどうだい?」


「えぇ、もう動けそうです。ベッドを使わせていただいて、ありがとうございました。」


 そうか、と相槌をうって、2メートル以上離れたままのレオポルド様が改まって口を開く。


「君は先ほど僕が呪われていると言ったね。」


 驚いたとはいえ、主人に向かって言っていいような言葉ではない。


「大変失礼なことを言ってしまいました。申し訳ありません。」


「いや、いい。僕もそうだと思っていたんだけど、君には根拠がありそうな言い方だったから。周りの皆は僕の魔力が勝手に暴走してると思ってる。」


 魔力が多すぎて制御ができず暴走してしまう話は、たまにある。

 平民の魔力が高すぎる場合は、制御する術を覚える伝がなく、魔力が暴走してしまう可能性が高い。

 でも魔力が高くても貴族であれば、大抵の場合制御する術を教えてくれる家庭教師がつくし、親が知っていて教えてくれることもある。

 それに来た時に感じた闇属性の魔力、あれは呪術をかけた時の魔力によく似ている。


「わたくしは闇属性の魔力を持っていて、魔力を感知することができます。先ほど闇属性の魔力を感じました。失礼ですがレオポルド様は闇属性の魔力はお持ちですか?」


「いや、僕は風属性が一番多くて、闇属性は全くないよ。」


「やはり……先ほどの闇属性の魔力は呪術のそれと酷似していましたわ。」


「では貴方は坊っちゃまの呪いを解くことができるのですか!?」


 トールキンが突然話に割って入ってくる。


「トールキン!失礼だろう。それに僕はもう坊っちゃまと呼ばれる歳じゃない。」


 慣れた間柄で見せる不貞腐れた顔をトールキンに向ける。そんな顔もできるのね、と少し意外だった。


「すみません。ついに坊っちゃまの苦しみが終わるのではと、気が急いでしまいました。」


 窘められても坊っちゃま呼びは直らないらしい。


 これは罪滅ぼしなのではないか、と唐突に思った。

 私が人を呪って苦しめた罪を、この方の呪いを解くことで償えるのかもしれない、と。

 それに私が死罪を免れたのはレオポルド様が禁書を貸してくださったからだ。

 この方のためにできることがしたい……!


「わたくしは人がかけた呪術を解呪したことはありません。ですから解呪までできるか分かりません。でもどうかわたくしに貴方にかけられた呪術を調べさせていただけないでしょうか。」


「……願ってもない申し出だ。今まで誰も呪術だと見破ることすらできなかったのだから。しかし僕に近づけばまた貴方を傷つけてしまうかもしれない。」


 誰よりもこの呪いを解きたいのは、レオポルド様自身でしょうに。

 御身分からして侍女である私に、解呪せよと命令してもいいくらいなのに、私の身を心配してくださる。

 さすがにゲームのシナリオで死罪になる筈だったなんて言えないけど……。


「禁書の本を貸していただいた御恩も、傷を治していただいた御恩もありますわ。できるだけお力にならせてください。」


 傷は僕のせいだというのに……と溢しながら、薄緑の瞳からまた瞳から滴が滴り落ちたと思えば、口を押さえ、あり……がと……うと途切れ途切れにお礼を云う。


 今まで願うことすら程遠くにあった希望が今確かに目の前にある気がした。

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