第3話 王立図書館で情報収集

 グリーゼルはヒロインにかけた呪いを解くため、王立図書館に解呪の方法を探しに来ていた。


 国一番の蔵書率を誇り、貴重な本が集められる王立図書館であれば、貴重な解呪の方法もきっと見つかる筈……と思っていた。つい先程までは。


「こんなに見つからないなんて……」


 王立図書館は広いと言っても呪術の本なら何度も借りたことがあるし、闇の魔法に関する本はそもそもそこまで多くない。

 少ないだろうが探せばすぐ見つかると思っていた。しかし呪術の本はあれど、解呪の本は一冊たりともなかった。

 何も手がかりがなくなり、絶望に落ちそうになったところで、ふと少し先にある禁書棚が目に映る。


 貴族でも一部の人しか見ることを許可されていない禁書棚であれば、解呪の本があるかもしれない。しかしいくら爵位が高い侯爵令嬢だからといって、役職にすらついていないグリーゼルには見る権限はなかった。


「あそこになら解呪の本があるのかしら?」


 呟いたところで状況は変わらないので、禁書棚の入り口から踵を返した時だった。

 振り向いた3メートル先に銀髪の青年が立っていた。

 驚いたようにグリーゼルを凝視している青年は、何か言おうと視線を彷徨わせたあと口を開く。


「解呪の本を探しているのかい?」


 流れるように伸びた銀髪は肩より少し長く、逆光で暗くなった顔の中、少し憂いを帯びたエメラルドの瞳が煌めいて見えた。

 クラヴァットがない首と腕に着いている不思議な模様の装飾が異質だけれど、むしろそれが神秘的な雰囲気を醸し出している。

 グリーゼルの返事をじっと待つ青年は、優しい笑顔で返事を促す。


「……はい」


「ここに置いておくから、どうぞ」


 そっと隣の机に本を置いて、青年は後ずさる。

 あまりにタイミングよく望みのものが差し出され、グリーゼルは一瞬疑った。まさか都合よく貴重な解呪の本を持つ人物が現れ、しかも貸してもらえるなどとすぐには信じられなかった。

 咄嗟にもっと話を聞きたいと思い、声をかける。


「貴方はもう読まないのですか?」


「僕は読み終わって、ちょうど返しに来たところだよ」


 あんまり離れたところにいるので、その青年に近づこうとすると、手で制されすぐさま立ち去ってしまった。

 いや……消えたという方が正しいかもしれない。

 ともかくすごいスピードでいなくなってしまったのだ。


「お礼も言えませんでしたわ」


 人が少ない時間帯に来たため、館内は閑散としているのに、見回しても銀髪の青年はもう見当たらなかった。


 解呪の本を手に取って、もう聞こえないであろう相手に小さくお礼を言ってみる。

 よく見ると解呪の本には、「禁書」のマークがついていた。


「禁書を持ち出せるなんて、先程の方かなり身分の高い方なのでは?」


 身分が高く解呪の本を持っていた彼は一体……?と考えたが、しかしこれは渡りに船だ。

 本来であれば読むことができない禁書を貸してもらえたのだから、こんなチャンスは二度とないかもしれない。

 グリーゼルは解呪の禁書をぎゅっと優しく握りしめ、王立図書館を後にした。



*****



 銀髪の美青年は王立図書館の入り口で、辺りを見回していた。

 注意深く人がいないことを確認してから、やっと館内に入っていく。

 今日は魔力を抑制する貴重な装飾を着けてるので、呪いが発動しても大した被害にはならない筈だが、それでも万が一を考えると恐ろしくて堪らなかった。


「今日こそはこの呪いの正体の手がかりを掴まなくては」


 青年の手には呪術の本がたくさん抱えられていた。

 彼の身分からすれば使用人に本を探してきて貰えばいいのだが、知識がある自分が探した方が確実だと考え、危険を承知で王立図書館ここまで来ていた。

 仕方なく貴重な魔道具である装飾をつけて禁書棚まで念入りに探したが、残念ながら核心を得られる本は見つからなかった。


「調べれば何か分かるかもしれないと思ったけど、やはり呪術は調べるのにも解呪にも闇の魔力がないと何もできないな。今回も無駄足か……」


 ハァとため息をついた時だった。

 人はいないと思っていた後ろから、女性の声が聞こえてくる。


「あそこになら解呪の本があるのかしら?」


(今……なんて言った……? この人、解呪って言ったかい? 闇属性の魔力を持っているのか!?)


 禁書棚の前にいる女性は、自分が今まさに調べている「解呪」というキーワードを漏らしたように聞こえた。

 解呪を調べている人なんて自分くらいだと思っていたから、驚いて思わず動きを止めた。

 その間にその女性はこちらに振り向く。


(彼女と話したい……!!)


 しかしこんなところで呪いが発動すれば、大変なことになる。

 迂闊に近づいて傷つけるなんてことは、もう二度としたくはなかった。


(しかし……せめて、何か繋がりを!)


 手元の解呪の本が視界に入ると、これだ!と声をかける。


「解呪の本を探しているのかい?」


 できるだけ心を落ち着けて、話しかけた。しかし近づいて呪いが発動してしまっては大変なので、解呪の禁書を机に置き、貸すことを口頭で伝えた。


 本を取ろうとその女性が近づいてくると、ピキッと腕の装飾にヒビが入る音が聞こえて、思わず心臓が飛び跳ねた。

 慌てて手で来るなと訴え、逃げるように風魔法で加速してその場から離脱する。


 ――しまった。


 慌てて逃げてきてしまった。

 本を貸しただけでは、あの本を図書館に返せば終わりだ。

 接点はないに等しい。

 基本的に人前に出ない銀髪の青年は、さっきの女性に偶然会う確率なんてほとんどゼロだった。


 せっかくのチャンスをフイにしてしまったことに落ち込み、頭を抱えてしゃがみこむ。

 しかし今まで諦めてきたんだから、これまでと変わらないだけだ。

 解呪を調べてる闇属性の魔力を持つ人であっても、彼の呪いを解けるとは限らないのだから。

 この溢れる魔力を暴走させる呪いを。

 ふと腕輪のヒビが目に入り、魔道具が壊れかけていたことを思い出す。


「いけない。腕輪が壊れる前に城に帰らないと!」


 近くの馬車まで走り、「トールキンッ!」と一声かけるだけで、白髪の老人は一礼して馬車のドアを開けた。

 もう何年も一緒にいる執事は、皆まで言わずとも分かってくれる。

 風魔法で加速して馬車に滑り込む。


 馬車には腕の装飾と同じ紋様が描かれていた。

 白髪の執事が御者席に座ると、馬もいないのに馬車は進み出し、帰路を急ぐように徐々にスピードを上げていった。

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