第9話
震えながら差し出された小さな箱。
ゆっくりと開かれた箱の中には、キラキラと輝く指輪。
「俺は杏子を一生かけて大切にするって約束する。結婚して欲しい。」
豪君の真っ直ぐな瞳。
今も変わらない、純粋に私を愛してくれている豪君の瞳。
彼には気付かれている。
きっと、私が好孝の事を気にしている事を。
「ママー?」
ふと我にかえると沙莉が不思議そうに見つめている。
「沙莉・・・ごめんね。おやつ出すね。」
「わーい!おてて洗ってくる!」
沙莉を見送り、冷蔵庫からプリンを取り出した。
豪君を選んだあの時、もうこの人生を歩むって決めていたのに。
「はい、プリンね。」
「ママありがとう!いただきます!」
沙莉が幸せそうにプリンを食べている。
この子から笑顔を奪ってはいけない。
なのに、私は何を考えているの。
「美味しい?」
「うん!沙莉、プリン大好き!そう言えば、今日ママに見せてねって言うプリント貰ったんだ!」
沙莉はランドセルからプリントを取り出すと、私に見せた。
「保護者会だって!」
「保護者会、ね・・・。」
「好孝先生がちゃんとプリント渡すようにねって言ってたの!沙莉偉い?」
プリントを受け取る手が少し戸惑っているのが自分でも分かった。
「ちゃんと覚えてたのね。偉いわ。ありがとう。」
自分の汚い考えを払うように、満足そうに微笑む沙莉の頭をまた優しく撫でた。
同じ年の子をもったママ会と化していた保護者会は慌ただしく終わり、ザワザワとした空気が流れていた。
「沙莉ちゃんママ、これからお茶会をするんだけど良かったら来ない?」
「すみません、ちょっと用事がありまして。また今度。」
「残念ね。また今度ね。」
この場から離れなくてはいけない。
そう自分に言い聞かせるように教室を出た。
教室から離れ、人気のない廊下を歩く。
好孝とは、保護者会の間目も合わなかった。
いや、合わさないようにしていたという方が正しいだろう。
なんで、私は好孝を見なかった?
見た所で、何が変わると言うの?
「俺の事、愛してるか。」
優しいけど、心配そうに見つめる瞳。
「俺には、杏子しか居ないから。」
強いはずなのに、いつから悲しい顔をさせてしまったのだろう。
私は、豪君を選んだ。豪君との幸せを選んだ。
なのに。なんで今更。
「見つけた。」
声がする。私を呼び止める声。
振り向けば全てが終わる。
「教室にもう居なかったから、帰ったと思いました。ちょっとお時間ありますか。」
そんな昔と変わらない声で話しかけないで。
あの頃と同じような優しい声で。
振り向くと同時に体が何かで包まれた。
懐かしいあの、変わらない香水の香り。
見上げると優しい眼差しと目が合った。
「やっと、見てくれた。」
私の中の、何かが壊れた気がした。
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